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作品 - 20111020_943_5627p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


最後の、

  01 Ceremony.wma

ヴェールでは覆われない土地について、石段ではなく砂利を踏んで、
音の一つ一つを飽和させるようにして、そしてまた、折れていく枝の
一本一本から鳴る音に燃えるようにして、この林を抜ける人の後ろ姿に、
静かに寄り添う雪原の記憶。あの家は、何度も雪に覆われたから暖かい、
と、息を凍らせて話す貴方の、足の痛み、遠くから飛来したそれが、
紫に冷えて熱を持ったころに、髪の毛は下ろされ雪が宿る。若い人の
髪は、いまだ燃えていて、雪が宿る場所がない、と、口にするたびに、
三度目の音がする。泉に張った氷が割れる音、そして、それはこの家の、
扉が開く音と同じ温かさをを持って、開かれる。小さな瞳では、涙を
おさめきれない、だから、涙は溢れる、この瞳から、もし、溢れずに、
とどまることができるのなら、この瞳は溺れてしまう。手は、溢れた
涙を、もう一度私に返すためにあると、皮膚の間にしみこんでいくもの
達が消えていき、そこだけが温まって、冷える、その場所にはもう林が
出来ている。この降雨は肌に、ヴェールでは覆い隠せない肌に、なに
もかもを燃やしつくしてしまうその肌に。家の中に散らばる言葉、すべて
が、熱く燃えた跡に凍えて寄り集まってまた、言葉を孵す。

林を過ぎると荒れ果てた田畑が広がり、夕日に燃やされた空が空気に重さ
を与えて、家に帰ろうとする足、そして、雪原の記憶。雪の中、私たちは、
この土地のあらゆる場所に積もった、そして消えてなくなった。記憶は、深い
場所で、蛙を温めた。蛙は雨期を好んだ。望んだものが降ったこの土地に、
私の小さな家はある。緑は夏に、私たちを家に呼んだ。呼ばれるままに、私たちは、
家を作った。何度も壊して何度も作りなおして、その都度、口を泉で洗い、足に、
蛙をとまらせた。そしてまた、今日、新たに家が作られて壊された。壊された家の、
記憶は、雪原の中に、吐く息白く、私を呼ぶ声と共に。

(マグマの記憶、まだ燃えてどろどろだった、日の、
 そして、凍えて固まったまま、降ることの物語)

林の木々に支えられた暗闇の中を歩く。遠くで犬が鳴いているが、決して悲鳴ではない。
貧しい田畑に植えられた貧しい作物を食べる貧しい人々が建てた家々の中に、明るさが
ともっているが、それらすべてが決して悲鳴ではなかった。それどころから、悲鳴を、
知らない、ことに満たされたこの土地では、何もかもが一斉に衰弱していく。新しい
言葉はすぐに小さくなり、新しい人はすぐに消える、新しい緑はすぐに枯れ、唯一、
衰弱していったものたちがこなごなに砕け散り砂となって田畑に降り積もって土になっている。
憐みよりも早くこの土地には雷雨がやってきて、悲しみよりも早く日照りがやってくる。
そして、言葉よりも早く土がすべてを覆いつくしてしまう。
道路に漏れたままの田畑の土が、何度も車にひかれて悲鳴も上げない。
この土地で出来たものを食べる人たちは、この土地のことを何も知らされないように囲われている。

(この土地の記憶、の中に、住み始めた私たちと私たちの家)

寝返りを打つ。朝に夜に、昼に。夢を見る。とても多くの夢を、そしてそれらすべてを、記憶する。
家の中で、私たちが、降る。白い皿の上にも、スプーンの上にも。外では、砂が土にのまれて、日に日に
大きくなっていく。それと競争するように、私たちは小さくなっていく。凍えていく、燃えているものを
とめるために。ヴェールで覆い隠すことができない。どこも。だから、私たちは見る。
この家と一緒に、記憶の中で、貴方が、寝返りを打つ、私も寝返りを打つ。何度も。何度も。新しい家を作るために、そして壊すために。雪原の中で、話される言葉を見つけるために。

文学極道

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