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作品 - 20110825_081_5478p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ラブソング

  01 Ceremony.wma

僕は夜の闇の中を、
駆けずり回った、
まるで逃げ出すかのように、
呪詛の言葉を、
優しく、
花にささやくように、
そして、消えていった、
唇と、それをぬらしたであろう、
唾の間を、
何度も、何度も、
怒り狂いながら、
駆け回った
すべての死んだ人々の、
唇の、温かい、記憶
と、体液の、生ぬるさの、
中で、
もだえ苦しみそうな、
地獄のような、
天国を、
見つけた、

皮膚と皮膚が、
こすれあって、
なまぬるい
熱を放出する、
それがどんどん、
この世界を覆い始める、
振動するたびに、
気温が上がり、
誰も彼もが、
眩暈の中、落ちる、

 
酒場の隅で、本をめくる
少年を蹴飛ばす
たびに、歓声が起こる
「ここじゃ、そんなものは何もうみださねぇ!」
罵りと酒と唾が入り混じって、
熱帯を呼び込む、
朝からのみっぱなしの、
親父どもの、頭の上に、
熱い雨、
雨の成分は、濃いアルコールと、
少量の汗と、堕落で、
「うちのかかあのののしりったら
 天使さまもびっくりおっかないぐらいなもんだ」と、
すきっぱの間から笑い声を響かせる、
―そしてようやくここで、初めて名前を持つ登場人物が現れる
「よう、ラクリ!、てめぇんとこのかみさんは未だに祈ってやがるのか?」
「聖母様、聖母様、と、まるで病気みたいにのたうちまわって一日中いのってんのか?」
「ここらじゃ、イカれちまうときにはイカれちまうのさ。いかれないために酒をのむんだよ。
 かかあどもは、いかれないために俺達を罵り、小娘どもはいかれないために、ガキどもと
 こっそり会うのさ。」
「ラクリ!てめぇもイカレちまわないように酒を飲めよ。」

―ラクリのよめ、ファトナの一日
 彼女の部屋は一日中いすの上に座り。天上を見上げて、手をこすり合わせながら祈っている。
湿気となまぬるさに満ちた部屋の中で、すべての扉と窓を閉め切って、彼女は、何十年も前から
祈っている。彼女は一切の家事も、一切の交流も持たない。ラクリと口を利くことも無ければ、
勿論、ラクリの畑仕事で鍛えられた体を舐めることも、彼の太く固い陰茎を勃起させて、口に
ほうばることもしない。彼女の祈りは声を発さない。

カラスが屋根の上で、池で水浴びをしている。黒い色は決して落ちることが無い。
水面を揺らがしてそれを見つめては喜ぶ。

雨の中、ラクリがテニスラケットを持って、畦道を歩く。彼の足取りは、いつだって泥に汚れている。
天気は彼のためにあり、彼は雨の中で、テニスラケットをいつも握っているが、彼は一度も、テニスを
したことがなければ、ルールもしらない。テニスラケットは彼が、街の市でなんとなく買ったものだ。
その日以来、ファトナは祈り始めたのだ。

昨日から、ラクリのテニスラケットに蟲が繭をはった。白い繭がちょうど、テニスラケットのガットの
中央にはられており、ラクリはそれをわざわざひっぺがえそうとも思わなかった。ラクリには、テニスラケット
などそもそもどうでも良いのだ。

ファトナは、昨日から、以前よりまして激しく祈り始めた。あまりにも祈りが激しいので、それはほとんど、
呪詛のようになって、言葉にならない声で、うなっているだけ。彼女は癲癇の発作のように、何度も体を、
反ったり、ねじったりしながら、一日を過ごしている。

(どいつもこいつも皆イカレちまえ!)
(ろくでなしどもを世界に呼び込め!)
(俺達の醜い笑い声で満たしてやろうぜ!)

矮小な悪魔が一匹、天使に化けようとして失敗する。同じように、傲慢な天使が悪魔に化けようとして失敗した日。
テニスラケットの繭は裂けた。しかし中身は空っぽだった。そこには何も詰まってはいなかった。ラクリは、それすらも
気にしない。繭にもテニスラケットにも興味が無いのだ。
ファトナは、いすから立ち上がり、雨の中にいた。ラクリは雨の中テニスラケットを持って畦道を歩く。
二人の足には、泥がついている。
泥から、手が無数に沸いた。
手が二人の足を引き止める。
ラクリは家が見える場所まで来て、ファトナとであった。
「狂っている!何もかもが!」
そして、ラクリはファトナをテニスラケットでぶん殴った。何度も。
ファトナは、負けじと爪を立てて彼をひっかいた。
爪あとからは血が流れ、テニスラケットに殴られた場所は青く内出血した。
二人は、雨の中を、殴ってはひっかきあった。

雨が上がる。
矮小な悪魔が一匹の天使に化けようとして失敗する。傲慢な天使が悪魔に化けようとして失敗する。
二人の間に、穴が開く。
疲れた二人が、ずぶぬれの服を掴んだまま、穴を見つめる。
穴がじょじょに大きくなる。
二人は掴んだ手を離す。
穴はどんどん大きくなり、しまいに、二人はお互いを点としてか認識できなくなるほどになった。
穴の中に、ひざを抱えて落ちていく人が無数にいる。数え切れないほどの人が落ちていく。
二人はそれを見下げる。
ひざを抱えていた人たちが、落ちながら起立して、二人を見上げる。
雨上がりの太陽が、二人のずぶぬれになった服や髪をなでて、ゆげをたてさせる。
湿度があがり、髪の毛は静かにうなだれる。

二人はまっさかさまに落ちていく人々を見つめる。
落ちていく人々は二人を見上げる。
全員がはにかんでいる。

(まっさかさまにおちていって、すべってころんで)
(ろくでなしどもが笑う、笑う)
(おいこら聴け、全世界のろくでなしども!
 この世界をろくでなしどもで埋め尽くそうぜ!
 いくら気取ったところで、もうお前らはろくでなしだ!)

隠喩を閉じる、
多くの濁音から、言葉が抜かれる、
貴方の韻律は、夜に始まる、
君/冬に凍える、手に、
瞳は凍らなかった、眼差しを、
たたえてて、
孤独は、涙を呼ばない、
その、手、
多くを掴むには、
小さすぎた手
君/その手を、開く、
小さいものたちのために、
何度も
君の手/その手は、多くをつかめなかったが、
小さなものを、掴むために、ある手、

僕の、魂は、今、どこへ行けばいいか、
何をすればいいか、
秋に、落ち葉を踏みしめるように、鳴る、
魂の音、
ぱちぱちと、燃え上がって、
君と僕を焼き尽くす、
この炎を、
どうやって、
凍えさせればよいのか、

君/その手を、
僕に、
小さな、
魂しか持ち得ない、
僕に、
少しだけ、
僕の魂を凍えさせるために、
その手を、

文学極道

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