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作品 - 20110808_550_5432p

  • [佳]  MOVE - 進谷  (2011-08)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


MOVE

  進谷

  1、

 ひさしぶりに街まで出てみると、なんだかすれちがう女の子たち、みんなが可愛くみえた。日の出ている間から夜の香りがする子も、自分が女の子だということをまだ知らないちょっと太った子も、おでこで小川がながれ目の下でくまを飼っている子も、みんな可愛かった。奇跡だ。こんなことが起こるなんて。だれのおかげだか分からないけど、ありがとう。
 僕はその中でも、青山通りをあるいている女子高生に目をつけて、そして後をつけた。くろい髪に、黒いギターケースをしょって、しろい制服に、しろい足。白い足。探偵になった僕は、彼女を尾行した。対象者は人混みとは反対方向に、細い道、狭い道へと、歩いて行った。渋谷の急な坂道は、場末の酒場に変わり、商店街の大通りに変わり、北関東の田畑が広がる道へと変化していった。探偵はマルボロを呼吸に加えながら、尾行を続けた。対象者が角を曲がり視界から消えるたびに、早足になって距離を縮め、直線では歩速を戻し、一定の距離を保った。対象者はどこまでも一定の速度で歩き、一度も振り返ることなく、歩いて行った。まずい、この場面はたしか村上春樹さんの小説の中で観たことがある。この後、追っている方が酷い目に遭うんだ。でも白い足に取り付かれていた探偵の足取りは止まることなく、黒い時計を右へ、左へと進めていった。あらゆる人生の大抵の場合と同じように、探偵は全てが過ぎ去った後で、全てが思い出に変わってしまった後で、自分の歩いていた道が間違いだったという事に気が付いた。
 荒野が広がる砂利道を右に曲がると、そこは行き止まりだった。女子高生は消え、代わりに白猫が目の前で熟睡していた。正面の石壁にはA4サイズくらいの白い紙が張付けてあった。『愛とは一つの衝動である』とワープロ字で書かれてあり、『衝動である』という部分がマジックの斜線で消されていて、その横に『欲望にすぎない』と書きかえられていた。あぁ、騙されてたんだ。後方から足音がして、探偵が振り返ると、そこには一人の男がたっていた。彼が本物の探偵だった。偽物は追っているのではなく、追われていたのだった。本物は真っ黒なスーツを着て、真っ黒なサングラスをかけていた。ちなみに偽物の方は『YOUTH MEET CAT』と書かれたTシャツを着ていた。

 誰だ?
 誰でもない。
 なんで僕を追うんだ?
 仕事だよ。ロベール・デスノスのところから来たのさ。
 探偵ごっこはもう終わりだ。
 
 本物はスーツの中からピストルを取り出した。銃はピンク色だった。

 娘がイタズラしてね。
 塗っちゃったんだ。まだ六歳だからさ。
 仕事道具はしっかり管理しとかないとダメですよ。
 
 本物はピンクのやつの先を標的に向けて警官になった。偽物はピンチだった。これが絶体絶命ってやつか。絶体絶命。偽物は学生服を着ていた頃のことを思い出した。黒板に白い文字。絶体絶命と国語の先生は書いた。カマキリみたいに細くやせていて、丸眼鏡をかけていた。彼は絶体絶命について熱くかたっていた。偽物は斜め前の方の席にすわっている女の子の横顔をずっとみていた。彼女は春風みたいに自転車にのっていた。彼女の足はあんまり白くなかった。たしか、陸上部だった。偽物は彼女とつきあうことになった。そして、三日で振られてしまった。三日でふられてしまった。そうか、これが走馬灯というやつか。カマキリは今でもぜったいぜつめいについてあつくかたっているんだろうか。



   2、

 囚人になった偽物は警官に手錠代わりに、手を握られ、パトカーで連行される。

 どこへ行くの?
 海

 穏やかな海。波とカモメの音楽。そこに水着の女神たちがやってきて、その中の一人と仲良くなる。抱きしめあう。いや、もしかしたら、ヌーディスト・ビーチに行くのかもしれない。
 車道には車道以外なにも無い。それは記憶の道だった。あなたが今まで歩いて来た道は数知れないだろう。あなたはこれまでの旅の中で、とても多くの道を歩いて来た。その中でも、あなたが一番戻りたいと思う場所。それは制服を着て、女の子と自転車を押しながら歩いた無駄に長い坂道かもしれない。それはあなたが仕事帰りに傘も差さずに歩いた雨の夜道かもしれない。それは男同士、お酒を飲みながら肩を抱き合い語り合った酒場かもしれない。それはあなたが女の子を初めて抱きしめたベットの中かもしれない。パトカーが進んだ道はそんな場所に似ていた。
 朝食にカツ丼が並んだ冬を右に曲がると、少年が一人、車道の端で片手を挙げ、親指を立てていた。サボテンの隣に並んでいるような憧憬が彼には漂っていた。
 
 乗せてやりなよ
 なぜ?
 きっと、きみの娘とお似合いだぜ
 
 ピンク。

 冗談ですよ

 警官はパトカーを停め、少年を保護する。
 
 名前はなんて言うの?
 無い
 無い?
 うん、無いんだ
 どこまで行くの?
 アイデス(iDEATH)って知ってる?
 知らない
 とても静かなところなんだ そこは全部、西瓜糖っていうのでできてるんだ、家とか橋とかさ
 そこへ向かうの?
 いや、違うよ これからそのアイデスに似たものを作るんだ、みんなで
 みんな? 
 僕と僕の友達と、みんなでね
 女の子は居る?
 居るよ、少しね
 面白そうだ
 うん、砂遊びに似ているんだよ

 空はどこまでも続き、雲はどこまでも自由だった。知らない音が車内には流れている。悪くはなかった。大抵のことは、そう悪くはないのだろう。きっと。

 この辺で良いよ
 まだ遠いの?
 うん
 でも、しょうがないよ
 どんなに遠くたって進むしかないんだ 



   3、 

 着いたぜ 行きな
 逃げますよ
 逃げ場なんて無い
 ここにあるのは海だけだ

 警官はラッキー・ストライクを吸い始め、囚人にも一本分ける。囚人はライターを借り、火をつけた。一口、煙を吸い込み、吐く。それからライターを返し、車から出た。
 海は囚人の想像した海ではなかった。風は強く、波は高く、砂利が口の中を侵入して来て、海は全てを拒んでる。砂浜には海から拒絶された流木がカラスたちのベンチになっていた。ベンチに座ったカラスたちは少年少女合唱団のように鳴いていて、渚には一人の女性が立っている。白いワンピースを着て、黒の日傘を差していた。
 囚人はラッキー・ストライクをなびかせながら、彼女の元へと歩く。

 久しぶりね

 彼女は足音に気付き、振り向いて、微笑む。

 わたし結婚したの
 知ってる
 子供も居るのよ
 知ってた?
 知らなかった
 娘 もう六歳なの
 うん
 ねぇ
 ぼくらなんで三日で別れたんだろ
 やっぱり映画のせいかな?
 映画?
 タイタニック
 いっしょに観に行ったろ
 ひどいえいがだったね?
 覚えてない
 そっか
 じゃあ なにかおぼえてる?
 たいくつだったわ ずっと
 だって
 なにも話してくれなかったじゃない
 そうだっけ?
 たまに口がうごいたとおもったら
 なにか飲む?
 なにかのむ? っていうだけ
 そういえば そうだったかも
 ねぇ そろそろいかないと
 そっか
 そうよ
 じゃあ
 
 囚人はラッキー・ストライクを、一口吸い込み、彼女が去るのを待った。
 
 ねぇ いく  あなた
 え ?
  とこ さる の
 こう  と 
 そ 
 
 すべてが陽炎みたいにゆるやかに消えていった。僕は僕に戻り、街は街へと戻っていった。人波をさけたしろい猫が、くろいゴミ箱のとなりで夢を観ていた。
「これから、どこに行こうか?」
 目を覚ました猫はなにも答えず、ビルとビルの間をするすると走っていき、追いかけようにも、彼女が通った道をすすんでいくには、僕のからだは大きくなりすぎていて、ラッキー・ストライクの煙だけが、右手のさきから上空へと、いつまでも消えることなく、風のなかで踊りつづけている。

文学極道

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