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作品 - 20110719_846_5379p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


昼下がり

  鈴屋

何かがあるわけではないが
指でなぞれば、雲がたなびく、セスナ機も飛ぶ 
眼をしばたけば、歓楽の館がならぶ、列車も通る
夏椿の花は好きだ、枇杷をしゃぶる子供は嫌いだ

生きていたくないあなた、死んでもいたくないあなた
あなたを追って跨線橋をわたり、駅構内の食堂に入る
店内はおびただしい日本国国民で満席、汗が噴きだしてくる
テーブルには父母がいて、弟夫婦も従兄弟も叔母もわたしの娘もいて 
今しも生ビールで乾杯するところだ
誰も私に気付かないので気持ちだけは涼しい
昔も今もこれからも、いつでも彼らは私に気付かない
食堂にはベッドがしつらえてあって、横たわるようあなたをうながす
私はスパゲッティーをフォークに巻きつけ
あなたと私の唇をトマトソースで汚す
もう片方の手をシーツの下に這わせ
あなたの性器のありどころ、暗がりのなつかしい湿り気をさぐる
たっぷりとした太ももが逃げていく
海底を這う蛸のようにすり抜けていく
あなたはひじょうに小さくなって街路を歩いていたりする
ひじょうに大きくなって床に横たわっていたりする
国民の頭と頭の隙間で学生時代の友人が手招きしている
なんだ死んだんじゃないのか、とおもう
垣間見える父母や叔母や従兄弟も、なんだ死んだんじゃないのか、とおもう
ビールがぬるいとあなたはいう、生きてこれたのねとあなたはいう
おたがいさまだと私がいう

食堂の窓の外は天気雨
老人がテューバを吹いている
私の娘がバトンガールの練習をしている、槿の花が咲いている
通過列車が窓をかき消し、三秒後には遥かな地平を巡っていく
列車に乗っているあなたが見える、あなたをさがしている私も見える
どこへでも行けばいい
あなたにも私にもさよならだ

何かがあるわけではないが
風だけは吹いている昼下がりだ
行進曲はやめてもらいたい

文学極道

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