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作品 - 20110716_730_5368p

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非常に退屈な詩

  Q

 林を満たすようにして、木々が緑をわけあっている。ユリエは、一人物思いにふけようとして、林へと飛び込んできたが、すでに、彼女の物想いが広がるほどの空間はなかった。木々の間の空間は、林の生活で埋め尽くされている。そこには、排せつ、食事、睡眠、という彼女があたりまえのようにしてきたことが詰め込まれていて、彼女が生まれる以前からそれらは林を占領して来たのだ。
 そこに、彼女が突然、侵略者のようにやってきた。林は静かに、扉を固く締め、彼女の出方を伺っている。彼女が、物想いをいくら膨らまそうが、それは彼女の中からでることができない。彼女はそれをしらない。彼女の思いは無理やり彼女の中へ押し戻される。
 そして、僕らはいつの間にか、林を僕らの生活で取り囲んだ。彼女の家は、林からすぐ近くにあり、農家だ。この土地特有の気候で、土はすぐに疲弊して砂になってしまう。疲弊した砂で作られた疲れ切った野菜を食べる疲れ切った人々が建てた家もまた貧しさで疲れ切っている。僕らはユリエを取り囲んだ。そして、彼女を林へ追いやった。彼女は林からも追いやらるだろう。
 ユリエを失った僕らの中に、一つの共同体が生まれた。ユリエがいない共同体。僕らは、ばらばらにユリエを追いやって、ようやく一つになれたのだ。しかし、ユリエはこの共同体には勿論参加することができない。彼女は創設者であると同時に、永遠に、排除されつづけなければならない。
 ユリエは孤立した―だから彼女はまた別の共同体になった。たった一人の共同体に、なることで、彼女は彼女らになり、彼女らは彼女になった。
 
「ユリエ、昨日、お前の家から嫌なにおいがしていたがあれはなんだ」
「あれは、お父さんが焼かれたの」
「おい、ユリちゃんよ、お前の家から昨日嫌なにおいがしてたがあれはなんだ」
「あれはお母さんが妹をやいたの」
「おい、ゆううりいいいええええ、おまえのとこ、昨日、なんかやいたのか」
「あれは、お父さんがおかあさんをやいたの」
「おい、ゆりえ、おまえのとこ、こげたいやなにおいがするが・・・」
「あれは、いもうとがおかあさんをやいたの」

 彼女の共同体にすむ、彼女らが一人一人逃げ出して行く。それを追う僕ら。そして、僕がようやく登場することができる。僕は、彼女を捕まえた。彼女は林の中で、物想いにふけっている。ふけっている彼女の後姿は、黒く手入れされた長い髪が、少しだけ風をふくんで、ここちよさそうに僕を誘っていた。

「ゆりえ、お前を燃やしにきたよ」
「あらそう、わたしも、貴方を燃やそうと思っていたのよ」

「俺もだ」と、僕は気付かなかったが僕と同じように、僕らも彼女を燃やそうと潜んでいたのだ。

「まるこげにしようぜ」
「ゆりえをまるこげにしようぜ」

彼女はおびえてもいなかったし、彼女と同じように彼女らもおびえてもいなかった。林は、僕らと彼女と僕と彼女らを軽蔑した眼差しで見ているかのように、葉一つも風にそよがさない。
 

文学極道

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