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作品 - 20110620_020_5295p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ほとりのくに

  泉ムジ

 みんな眠っていた。議長でさえ涎を垂らしていた。最高権力者はその身分にふさわしく
最も大きな鼾をかいていた。男も女も関係なく、老人も若者も関係ない。快適な室温を保
つ空調が時に低い振動音をたてた。その静かな響きは多様な鼾を調和させ、子守唄にうっ
てつけだった。カメラがゆっくりとうなだれる。議長の口の端からあふれ続ける涎がまっ
すぐカーペットへ染み、やがて泉となった。テレビの前で我々は、はじめは笑い、次に怒
り、最後には眠っていた。とにかく酷いもんだった。そう族長は言った。泉のまわりには
何千だか何万だか、わからんくらいの人間がおった。みんな裸でな。すぐに問題が起こっ
た。族長は噛んでいた何かを吐き出した。そこかしこで強姦だ。どろりとした唾液の泡の
中に肉のすじがあった。我々は自由だが、規律は大事だ。女を犯した男たちは囲まれて撲
殺されるか、ずっと遠くへ逃げていった。あたしたちが泉の南へ向かったのは、と別の族
長は切り出した。倫理的な問題なのよ。たとえ野蛮で、殺されてもしかたないような男た
ちだったとしても、同じ人間じゃない。ここには木の実だってあるんだから。そりゃあ、
いくらでもあるわけじゃないけど。族長は指先で地面に単純な模様を描き短いまじないを
唱えた。飢えたって、人間を食べることはできないわ。人間以外の動物はカラスだけだっ
た。カラスたちは毛深く、黒く、鋭いくちばしとかぎ爪を持ち、その体長は人間たちと変
わらなかった。襲われることはなかったが、ひっきりなしに聞こえるしわがれた鳴き声や、
夜の森に隙間なく光る目は人間たちをおびえさせ、森から遠ざけるのにじゅうぶんだった。
カラスたちは自らが人間であったことを知っていた。我々が共有している夢の中で、どう
して自分たちだけが醜いカラスの姿をしているのかがわからなかった。人間の姿をしてい
る親族を見つけた者の鳴き声は特にかすれ、カラスたちだけに了解されるかなしみの響き
を持っていた。カラスたちは神聖な生き物なんだ。湖の北で暮らす族長はそう言った。私
は森でカラスが死ぬ姿を見た。くちばしで自らの胸を突き、食い破ろうとしていた。驚い
たよ。心臓をかみ砕いた瞬間、そのカラスは溶けたんだ。溶けて水になり、地面に染みこ
んだ。あっという間のことだったんだ。族長はひざまずいて泉に顔を浸け水を飲んだ。背
中に大きく彫られたカラスの絵が筋肉で歪んだ。私たちが渇かずにいられるのは、神聖な
るカラスたちのおかげなんだ。雨が降らないにもかかわらず泉は常にあふれんばかりで我
々をうるおした。西側には族長はいなかった。どこからともなく集まった我々は適当な間
隔で横になり、ただ長い長い眠りの中にいた。我々が共有する夢の中で、最高権力者はよ
うやく目覚めた。すっかり膝下まで泉に浸かっていた。起立して我々の生活を良くするた
めと信じきって疑わない、愚にもつかない法案を提起した。みんな眠っているのもお構い
なしに熱弁をふるった。この誰にも勝る熱意こそが最高権力者を最高権力者たらしめてい
た。ひとしきり声を張り上げたのち着席すると泉は腰の位置まで届いていた。すでに水没
した議長の、禿げ頭を隠すために伸ばした少ない髪の毛が眠りを誘うようにゆらめいてい
た。

文学極道

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