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作品 - 20110429_323_5166p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


憂鬱録より “火”

  南 悠一

身体を吊るし上げることから始めなければならない。女の足に縄をかけていくとき、彼女
は彼女なりの必死な表情をして、逃れようとする。形作られた表情自体、酷く歪んだもの
だ。嫌気がさして鞭打つ。注射した薬剤のために筋力が衰え、女は動くことができない。
植物のようにおとなしく、あたかも一つの生命体を成しているかのよう。だが、この女は
もはや生きてはいない。生かされているのだ。胸を覆う、細い指先の茂みを荒らすように、
私は手の甲を包み込み、愛撫する。女は自分の手で自分自身の乳をまさぐる格好になる。
やがて、それは私なしでも続いていく。

自涜とはこんなふうに、誰か他人から教えてもらうものなのだ。女の表情が快楽に変わっ
ていく。それが奇妙に歪んでいる、不自然に垂れた顔面の筋肉がそれを覆い隠していく。
あたかも女のもつ羞恥心の外皮がそれを覆うように。私は激しく鞭打って破壊することも、
棘で血だらけにすることもできた、せずにいたが。薬の効き目の悪さにがっかりして、そ
うした気力も起こらなかったのだ。筋弛緩剤の作用、先に注射したものが全身を巡ったこ
とによる、部分的な筋肉の解放に過ぎない。女の表情を止めることができないのは、薬に
よって解放されるのが理性のほんの一部でしかないという、よい一例だろう。アルコール
や覚醒剤が、薬、と概括されてしまうのは、それらが解放するのが、同様に部分でしかな
いからだ。そうしたものに思索を向けていなければならないほど、私は掻き乱されていた。
顔面筋肉の緊張と弛緩の領域、つまり表情を作った部分と作ろうとする部分が、モザイク
状に配列され、隣り合い、お互いに浸蝕しながら共存している。あたかも虚像が真実を覆
い隠すかの如く。それが恐ろしかった。

しくしく啜り泣く声。吊され、逆さまになった顎の輪郭に沿ってできた渓流が、髪から滴
り落ちていく。その肌は耳まで赤い。その源流は股間から波打つように震え、垂れていく。
オナニーの最中におしっこを漏らしてしまった、うぶな娘の様。苦い表情は尿に洗い流さ
れていく。私は動脈のある部分に針を刺す。血の噴水が顔に掛かり、女はまだ生きている、
視界は仄かに紅く遮られ、血塗られた窓の向こうの景色であるかのように錯覚する。遠近
感が失われていた。何か、途方もなく遠いものさえ、私の手元に、そう、この女の肉体に! 
この細い肉体が私にとっての真理ならば、どうしてその束縛に癒されるのだろう。“それ
は女が真理ではないからだ。女は、もはや形骸である。女というのは一つの形式である。”
という声。だが、私は否定しよう、これは真理だと。真理、それは血の美しさだ。血のも
つ、硬質な感じ、それはヘモグロビンの構造の中心から回帰する鉄の記憶、つまり歴史な
のだ。この血の中には悠久の時が流れている。溶鉱炉の中で燃えるとき。兵舎の冷たい夜
が更けていくとき。そうした印象の中でもとりわけ目立っているのが、戦地を飛び交う弾
丸として兵士の心臓の中に食い込み、血が噴き出すときだ。鉄が、鉄を散らしている。
もし私が錬金術師なら、女から金属を取り出すことを考えたかもしれない。地下から噴き
出したマグマのように、血は情熱、パトスを形容するメタファとして結晶した。それは真
理探究の精神と深く結び付いて、未だに「智」と「血」の発音の中に、その痕跡を残して
いる。

“消さねばならぬ。火を消さなければならぬ、女の内に眠る炎を消さない限り、私は……”
と、いくらかつぶやくのが聴こえた。狂気と錯乱が私を私から引き離していた。もはや、
つぶやきは私のものではない。私のつぶやきを後から繰り返し、何か耐えようのない痛み
に耐える仕草をする女のものだ。私は隅にあった消火器を持ち出して、力いっぱい殴り付
けた。鳩尾への衝撃、嘔吐、それらはすべて、予定されていた。私が殴る度、女は吐き出
す。反吐を生む機械。規律を遵守し、精神を喪失した機械としての肉体。外見上の美しさ
は衝撃の対価として失われていく。私は吊した縄は、部屋のフックに引っ掛かり、たった
一枚の戸で外界と隔てられているが、そこに決定的な形で破壊要素を導入すれば――戸を
叩く音が聴こえる、女の子たちが帰ってきたのだ――人目に曝され、芸術作品と化す。私
は物陰に身を潜めた。思えば、ここから侵入し、中で着替えていた女の子を襲撃したのが、
そもそもの発端なのだ。

女の子が二人、部屋に入ってくる。二人はその惨事に唖然とする、吊された女、吐瀉物、
消火器、傷痕、血、それらを目の当たりにして。直ちに物陰から飛び出して女の子たちを
いっぺんに縛り上げる。悲鳴。私には聞こえない。口を覆う掌にはその息だけが吹き掛か
る。“この二人には媚薬だ。”二人は背中合わせに縛られているのだが、そのうちの一人
を抱き寄せ、ワセリンを丁寧に塗って、愛撫し始める。メンソールを添加したワセリンは、
女の汗と混じり合い、膚が張り裂けるような強い爽快感を与える。女の喘ぎは、あまりに
も静かだ。けれども快楽の絶頂期において、やはり尿をちろちろと腿に這わせるのだった。
私はそれらをうまく紙コップに掬い上げて、媚薬を滴下し、程よく揺らして混ぜ、二人に
飲ませる。むせ返りながらも、なんとか飲み込む。最後に私もその残りを飲む。焼け付く
ような熱さが喉、食道、胃に浸透し、今にも破裂してしまいそうな激しさで血は踊った。
私は消火器を手に取り、弱々しい抵抗を続ける女たちの股間に向けて、発射した。悲鳴。
寂しすぎるほどに聞こえない。爆発の衝撃が陰部を貫いた。高濃度に圧縮された気体が、
一人、一人、と確実に消火していった。火は消えた。

文学極道

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