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作品 - 20110312_020_5069p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


河口付近

  鈴屋


河は亡びる 海は沸く 子犬を連れた奥さんが突堤を散歩する 海 海についての感慨を厭う 指先の紫煙を潮風がぬぐう 私は知っている 見晴るかす水平線の先が瀑布だということ その奈落の底で太陽が生まれるということ 太陽は日毎天空に弧を描いては昼をつくり ふたたび奈落に落ちては一日の命を閉じる 月は生まれない なぜなら月はつねに母だからだ 乳白の相貌を空にかかげ はるかな落日を見送る 星は瀑布の飛沫にすぎず とくに使命はない 人にもとくに使命はない
   
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河は亡びる いずれ海も亡びる 私は子犬を連れた奥さんと恋愛する 私は告げる 貨幣は言葉よりも真に近く純粋で美しいと 奥さんは頬笑み 私に告げる 貨幣は真昼よりも眩く 語り継がれた海と陸の物語よりも尊いと 私はもう一度告げる 奥さんの頬笑みは貨幣よりも美しく 風雨をなだめる月よりも優しいと 浜辺の老いた波頭は来たり去り こうして私たちの恋愛は成就した

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貨幣は世界を化石化する 私はその林立するパールホワイトの世界で生きる 奥さんのトイプードルを抱いてみる 茶色い子犬の二つの眸 子犬が見ている世界には吐き気がする 海と陸を見つめる奥さんのはかなげな眼差し 世界を見るという過酷な行い けなげな睫 奥さん 私はあなたのその眸の中に永遠に棲みつきたい 見ていることが思うことであるために永遠に言葉を失いたい 遠くの鉄橋をコンテナ貨車の長い列が渡っていく その眠たげな響きにさえ 奥さんの眸は涙ぐむのですか?

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河は亡びる 杭が露出し暮れなずむ 私はそろそろ清算をしなければならない 何ごとを? 私の身過ぎ世過ぎ 山脈を削り来たった河の土砂の堆積 貨幣の浪費 太陽と月の関係 河原の斑模様の小石と小鳥の卵の関係 昼と夜の光りの貸借 奥さん 私はあなたを失ってしまいたい 水は死を誘う 私はあなたの死を夢見る あなたの入水を夢見る 奥さん 夕凪は深い慈愛を湛えている 真の悲しみは私を生かすはず 頬笑み忘れがたく 子犬を連れた奥さん    
   




 註 ・・・・「子犬を連れた奥さん」、チェーホフの同名の小説から借用
    ・・・「子犬が見ている世界には吐き気がする」、投稿欄、Jさんの「犬」という詩への右肩さんのレスよりヒントを得る。

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