カーテンの隙間から差しこむ日に
タバコの煙を吐きつけると大理石の壁が立ち上がる
毛布にくるまれたわたしたちの
よごしあった皮膚の上では微生物が急速に繁殖している
安息とは饐えることにはちがいない
あなたはベッドを降りて
下着を胸に掻き抱き、前かがみに浴室へ向かう
楽園を追われるイブ、とわたしはわらう
+ +
ケヤキ並木の影が路上に倒れている
遅い秋の午後ともなれば
一秒、二秒、日輪を見詰めることができる
黄金のリング、暗い渦
逸らす視線の先、美しい緑青の斑がいつまでも剥がれない
不意に木枯らしが吹くと
吹き溜まりに眠っていた落葉がいっせいに立ち上がり
ケラケラ、ケラケラ、小躍りしながらアスファルトを駆けていく
「唄はだあれ?」
「ヘレン・メリル」
わたしがキーを回したので、あなたはカーラジオのボリュームを上げる
タイヤが枯れ枝を踏んで、小気味好い音をたてる
+ +
窓の外の空をまだだれも冬とは呼んでいなくても
暖かく支度した部屋で、二つの紅茶は紅く、わたしたちは眠い
レモンスライスを浮かべると紅が薄まるのは口惜しい気もする
あなたは唇に手をあて隠れるように短い欠伸をする
それからうっすらと涙目になって、そのまま溶け入るような頬笑みをよこす
とてもたいくつ
とても大切なたいくつ
あと1時間
明日一日
それから一週間、それから一年
それから先もつづくはずの
大切なたいくつ
+ +
闇の中に座って、それでも乳房の白さはぼうと映えて
わたしはあなたの腰をささえ
わたしの左右の二の腕にあなたの爪が食い入る
あなたの二つの眸と口がなおさらに黒い三つの空洞となって揺れ
あなたは死に仕える埴輪のようにゆるやかに踊っている
なぜわたしたちはこの現在にいるのか
なぜこんなところでこんなことをしているのか
あなたの忍び音は山脈の果てからとどく悲鳴のようにも聴こえ
藪を分けて、山犬がこちらを向く
+ +
電車が鉄橋を渡る
草サッカーの歓声が上がる
耳もとでは絶え間ないススキの葉擦れ
絵画のように音にも遠近法があるのがわかる
わたしから離れて
今あなたは水辺にたどりついた
川面では夥しい光りの欠片が煌く
スカートをじょうずにたくし上げ、しゃがんでは手を水に晒し
立っては覚束ない足許のせいでふらついたりもする
あなたは上流から下流へゆっくり首を回してから
光のほかに何もない空を仰ぎ見る、いつまでも
そのままに、あなたは遠い
光りの中にいて、はるかに遠い
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選出作品
作品 - 20101123_329_4850p
- [優] 恋唄五つ - 鈴屋 (2010-11)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
恋唄五つ
鈴屋