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作品 - 20100831_080_4671p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


VAPORISER

  はなび


手をつないで歩いた
名前を忘れてしまった小さな町
舗装された路地の角を曲がり曲がり
靴の革底がやわらかく硬質な音を響かせると
それらはすぐに
洞穴みたいな石造りの
牢獄みたいなちいさな窓に灯る
マッチみたいなろうそくの炎に
気化したように吸い込まれてしまう

深夜は気圧が少し高く感じられて
水の中の空気の音を聞いているみたいね



赤い毛糸の膝掛けをした老婦人が
暖炉の前でまだ何か編んでいる
赤い毛糸は詩人の血管の様に
胸元から腰へ腿を伝い踝足の指へ
ながれながれて床を這いその先の
まるく球体に纏められた塊のその先へ
冒険をする

赤い毛糸はセーターになると週末は旅へ
赤い毛糸はどこかへ行きたいまだ見ぬ場所へ
赤い毛糸は青い魚の潤んだ瞳のその理由を尋ねたい

赤い毛糸はチベットで ピンクの塩を手土産に
ハノイ タンザニア サンフランシスコ

赤い毛糸はまた解かれ纏められ
オルリー空港の陽のよくあたる階段で

ブルガリアからやってきた少女の
民族刺繍の布かばんに詰め込まれ

パリ ソフィア トーキョーへ



2057年

東京辺りの日照時間はだいぶ短くなっていて
沼化した湿地帯からは有毒ガスが放出されていて
大部分の生活者は地下に潜ったまま暮らしていて
地上に残っているのは貧しくて地底通貨が買えなかった人々
病気に侵されて気が違っていて暴力的で危険な人々
笑いながら怒る人 笑いながら泣く人
ゾロゾロ歩きまわるこども 

赤い毛糸はお祈りのかわりに

狂気を鎮め興奮を呼び覚まし

赤い毛糸はお守りのかわりに

硬直をしなやかさへと変化させ

厄介事は

鼻息荒いスペイン牛の如く猛然と突進してくる

様々な火の粉同然であったが

赤い毛糸は優秀なマタドールのように丹念に刺していく

巨大になった残虐な残骸達の隙間をすり抜ける



手をつないで歩いた記憶
名前を忘れられた小さな町
舗装された路地の角を曲がり曲がり
靴の革底がやわらかく硬質な音を響かせると
それらはすぐに洞穴みたいな石造りの
牢獄みたいなちいさな窓に灯る
マッチみたいなろうそくの炎に
気化したように吸い込まれてしまう

深夜は気圧が少し高く感じられて
水の中の空気の音を聞いているみたいね

文学極道

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