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作品 - 20100831_071_4670p

  • [佳]  サチコ - ヒダリテ  (2010-08)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


サチコ

  ヒダリテ


真っ赤に燃えさかる火葬炉の中からナースのサチコを呼ぶと、ついたての向こうから、なんだい、はるひこ、と現れる喪服姿の母は純白のウェディングドレスで燃えさかる姉の寝室から逃げ遅れた僕の真っ赤な血に染まったパジャマ姿ですか? 分かりませんねえ、そう言ってカルテに目をやる主治医のてるひこは三年前に死んで以来三年間も死んだままの飼い犬の墓に右手を突っ込む僕の不完全な変態行為によって不完全に熟れた体を僕に押しつけるナースのサチコの顔面のおよそ七割が歯茎で形成されているのですね? もちろんそうよ、サチコは笑いながら今も瀕死で横たわる僕の病室のベッドに安置された僕のこんがりと焼けた体の上をぱっくりと割れたサチコの体が僕の出来損なったしこりのようにゆらゆらと天井は揺れながらさらに僕を病的にしこらせる僕の右手に握られた純白のパンティに見覚えはありませんか? そう言って刑事はポラロイドに納められたいくつかのパンチラ写真を僕に見せつけるのだ「とんでもない僕は勤勉な納税者ですよ」と発する僕の声が震えているのは

弟さんの事は残念でしたねパンチラ写真に納められた僕の弟は僕に僕のパンチラを見せつけながら刑事の目は架空のボールペンの先に詰まった架空の小さなボールをほじくり出そうと試みるように僕の目玉をほじくり出そうと試みながら心のどこかで僕の目玉をほじくり足りない気分でいるのが僕には分かるよサチコ、それはまるで僕の病的なしこりが僕を病的にしこらせているみたいな気分で僕はこの病院内で最も病的にしこっている患者として君臨している僕はいやらしいのね、あなたのココもうこんなに固くなってると言って僕の外くるぶしをなで回すサチコの肘がこんなにもカサカサしているなんて僕は知らなかったんですよ刑事さん、けれど車内で行われる痴漢行為は犯罪ですよと刑事はもはやしこる事もおぼつかない僕の右手に課せられた課外授業の男子生徒たちの引率の女教師の淫夢によって僕は何もかもがもはやすっかり手につかない彼らの粘性を帯びた黄色い液体が僕の全身にからみつくうどんのようです刑事さん勘弁してください刑事さん

あれは、と刑事が指さす先にある押し入れの中だけはサチコ見られてはいけないよ、だって押し入れの段ボール箱に詰まった僕の淫らな夢の中では七対の肩と九つの頭部を持つ主治医のてるひこがカルテに走らせたボールペンの先端からしみ出した僕の膿んだ傷口に出来たかさぶたをはがし続けたその長い年月の間にたっぷりと詰まった段ボール箱の中に収納された僕の弟はその小さな体を僕らしい人間の僕らしく運転する特急列車の下敷きにされたと噂される事もあったわ、けれどそれも今は良い想い出よ人生のベストパートナーはきっとここで見つかるわ、そう語った女の言葉に騙され詐欺まがいの結婚相談所に大金をつぎ込んだ日々を思えば歯茎からの出血なんてたいしたことではないさ、そう言ってサチコに笑いかける僕はサチコの手を握りオペ室へと続く病院の長い廊下を搬送される僕はサチコの手を握り僕の傷口は開きっぱなしのドアから眩しい光が漏れ出す僕のおむつを交換しにやってきたナースのサチコの手を握り僕はオペ室へと続く長いサチコの手を握りその長くいやらしいサチコの手を握り病院の長い廊下を搬送される僕はサチコのサチコの手を握り

例えば快適なコンドミニアムと人類の起源についてたいていの日本人は分かったような顔をしている事を知っている僕は黄色い線の内側でお待ち下さい、あはは、分かりました、当初セーフティバントの構えで3番ホームに突っ込んでくる特急列車を待つ事を約束されたナースのサチコのパンティラインのギリギリ内側で揺れる乗客たちの尻肉のおよそ七割が手すりやつり革にぶら下がりながら左右に揺れるサチコのパンチラする尻肉を遠い目をして眺め、かつてそこをコロコロと転がっていった僕の目玉はほじくり出されたフェアグラウンドのギリギリ内側で魅了される観客たちの期待と乗客たちの死体のなかで僕は極めて正確にコロコロと転がっていった事を覚えているよ、やがて空洞の目玉をした僕の運転する特急列車は猛然とパンチラする乗客たちを乗せて猛然と3番ホームに突っ込みやがて果てた僕らはあの日初めてひとつになったねサチコ赤く腫れ上がった空に赤く腫れ上がった僕らの愛と愛ではないもののおよそ七割が歯茎と歯茎でないもので形成されているんだサチコ、君は美しい、美しく美しい朝に僕が使った新品の検便容器よりも美しいサチコ、いつでも僕のあそこが焦げ臭いのは

「大丈夫きっと弟は助かるよ」手術中の赤いランプが灯り僕は喪服姿で祈る母の粘土のような手を粘土のようにこねくり回しながら優しく語りかける僕が見守るオペ室の扉の向こう側では顔面のおよそ七割が歯茎で形成されたサチコがデリケートな手術だから麻酔はナシよと非情に言い放つサチコはとても良い体をしているくねくねと動く良い体をしているサチコはとてもデリケートで奇妙な良い体をしている良い体をした生き物のように良い体をしている、やがてオペ室の扉が開かれ白い光の中から七対の肩と九つの頭部を持つ主治医のてるひこが七足歩行で現れる今宵ディオニュソス的な執刀医となる主治医のてるひこは訳の分からない格好で訳の分からない事を叫びながら一列に並んだ新人ナースたちの丸い膝頭をハンマーのようなもので粉砕して行くそのたびにパカーン、パカーンと乾いた音で破裂していく僕の肩胛骨とその周辺住民たちによる懸命の捜索の甲斐もなくとうとう弟は見つからなかったよ母さん

炎天下焼けたレールの上で焼かれた僕の飼い犬の焦げた頭部が発見されたあの暑い夏の日母さん僕は家を出るよと僕は母の背中に語りかけ母は振り返りもせずテレビを眺める母の背中はパカーン、パカーンと乾いた爆発を繰り返しながら真っ赤に燃えさかる火葬炉を眺める僕の弟の手の中に握られた僕の目玉の中では毎晩のようにサチコサチコと呼ぶ声が聞こえる隣室の住人の通報によって運び出される干涸らびた僕のあの段ボール箱の中で干涸らびた僕の体の上に突如降り出した冷たい雨粒が落ちる、あら雨ねと急いで洗濯物を取り込むために庭へと出た母はそこにこんもりとした不審な土の盛り上がりに気付くに違いない、そして中から何かをほじくり出そうと土の中に右手を突っ込むに違いないよサチコ、バカね、そんなの杞憂よ、そう言って励ますサチコの肥大した歯茎を眺めるうちにうとうとと眠りについた僕は美しいサチコの手を握り

僕は目覚める白い病室のベッドの上で目覚める僕の手術は成功したよと告げられた僕は今、奇妙な円形をした病院の中庭をぐるりと回る僕は奇妙な円形をぐるりと回るよりも早くぐるりと回るリハビリに専念している僕は健康な成人男性のおよそ七割で埋め尽くされた病院の中庭をぐるりと回りながら本当は僕は不安で気が狂ってしまいそうなんだよサチコ、だってここを出た僕たちを待ち受けているきちんとした日本人たちはみな勤勉な納税者として先天的に眼鏡をかけた日本人たちに違いなくあんなにもきちんとした日本人たちの前ではサチコ、僕や君のあらゆる手違いが既に手遅れに違いないのだから

文学極道

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