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作品 - 20100726_323_4575p

  • [優]  雨期 - 鈴屋  (2010-07)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


雨期

  鈴屋

水びたしの森と草
ざあざあ、雨だけが記憶される
ふり返ればあなたの住まいは、もやい舟のようにたよりない
わたしを見送る仄白い顔も窓から消えた
 
木陰で紫陽花の青が光っている
踏切ではレールが強引に曲がっている
側溝で捻りあう蛭の恋愛
あなたはただ単に明るく生きればいい存在だ
傘をかたむける、雨がまぶしい、白磁の空の下を絽の端切れのような雲が渡っていく

線路沿いを歩く
電車が追い抜いていく
車輪とレールの接触点、硬い理屈について考える
コンビニでタバコ、ついでに単3電池を買う
駅舎の前で傘をさしたまま一服
ロータリーにはタクシーが一台だけ
路面に水が張っている
タバコが終わるまで、尽きることないリングの明滅を見つめていた

あなたの姓名を呟いてみる、あなたは気付いていただろうか、わたしが畳に寝転がり肘枕してあなたの立ち居振る舞いを盗み見ていたのを、あなたは洗濯物を部屋干ししていた、目の高さをあなたの素足がせわしなく行き来する、無防備に晒されているひかがみ、きつく跡付けられた二本の湿った皺、そこで折れ曲がっている静脈、足の裏の秘密めいた汚れ、もう一度あなたの姓名を呟いてみる、あなたは国語に似ている、水漬く国の

車内は空いている、湿って生暖かい
座席の端に座り、傘を畳んで膝のあいだに立てかける
床を水の脈が幾すじも横断している
電車がカーブするとわたしの傘の水も参加する
丘陵の上の電波塔がゆっくりと移っていく
屋根の重なり、煩雑なテレビアンテナ、波のように上下する電線
なにもかも雨の散弾が溶かしにかかる

長雨は人をぼんやりさせる、今あなたはようやく片付けごとが一段落したところかもしれない、飲みのこしのコーヒーを前に窓の雨音に耳をかたむけているかもしれない、こんなふうにわたしがあなたをおもうように、あなたもまた、車窓をぼんやり眺めているわたしをおもうだろうか、わたしが何かしら途方に暮れているように、あなたにも何かしら途方に暮れるわけがあるのだろうか、垂直に降るあなたの雨、斜めに降るわたしの雨、そんなことを考えもしたろうか

忖度はつつしむべきものだ
眠気がやってくる
とつぜん警報機の音が過ぎる
青空、そんなものはあったか
雨を良しとして、瞼が下りる

文学極道

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