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作品 - 20100614_302_4467p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


町の散歩

  鈴屋


五月、私は
つねに私であり、歩いていた
電柱は問題なく立ち
道々の薔薇は不完全に美しい
たったいま
道路鏡をよぎったのは私か?
出掛けに
ケイタイは充電すると重くなることを知った

歩きながらの
私の身柄に
赤い液体が満ちているはずもなく
とりどりの内臓など詰め込んでいるはずもなく
抜きつ抜かれつ、左右の靴先が
舗道に滑り出ているはず

切り取りでもしないかぎり
私は、生涯
自分の耳を見ることはできない
天気雨だった

雨女のあの女は
私の濡れた耳のへりを旅していて
粉ガラスのような金色の雨粒を裸にまとい
あまりに自分が好き
女神を気取り
崖上から羽ばたこうとする

私は
つねに私であり、歩いていた
陽射しが町をすばやく乾かしていく
パン屋の店先、一輪のマーガレットから雫が逃げる
空のすみずみまでチャイムがめぐり
郵便配達のバイクが
片足投げだしUターン
小麦粉が焼け
それきりの

静寂に
顔をあげれば、あの女の
息吹が一陣、町を掃く、色彩を刷る
とつぜん私は愛される
せつなの苦しい
幸福
身をふるわし
歯をくいしばる

過ぎれば短い橋が見えてくる
手前の幟旗はたしかクリーニング店のはず

文学極道

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