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作品 - 20100312_502_4250p

  • [優]  死神 - ヒダリテ  (2010-03)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


死神

  ヒダリテ


長い間空き部屋だったアパートの隣の部屋に、死神が越してくる。
倉庫でのアルバイトから帰ってきた男は、いつもは消えている隣の部屋の明かりが灯っているのを見つける。

「死神」

扉に貼り付けられたプラスチック製の小さな表札には確かにそう書かれてある。アパートの駐輪場には昨日まではなかった古ぼけたスクーターが一台停まっていて、それが死神の乗り物なのだろうと男は思う。

引っ越しの挨拶には来ない。けれど、ありがたい、と男は思う。引っ越しの挨拶は、この世との永遠のお別れの挨拶になってしまう。だからもしも死神が挨拶に来ても、決してドアを開けるべきじゃない、と男は思う。
薄い壁の向こうでは、確かに誰かが生活しているような音がする。バラエティ番組を放送するテレビの音、それを見て笑う男の低い笑い声、トイレの水が流れる音。

何事もなく幾日かが過ぎ、ある晩、部屋でビールを飲みながら野球中継を見ていた男の部屋の電話が鳴る。青ざめた顔をして受話器を置いた男は、ばたばたとあわてた様子で部屋を出て行く。あわてた男が蹴飛ばしてしまった枝豆が畳の上に散乱する。

それから何時間も経った真夜中、男は酔いつぶれて帰ってくる。ふらふらと千鳥足でアパートの階段を上り、ふと、死神の部屋の前で男は立ち止まる。ひっそりと静まりかえった、明かりの消えた部屋の前に、男はしばらく立ち尽くす。
そして「死神」と書かれた扉にもたれかかり、男はそっとその扉をノックする。

……ねえ、ドアを開けてくれ、
話をしよう、
一杯やろう、
確か僕の友達がひとり、
そっちに行ったはずだが……、
ねえ……。

文学極道

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