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作品 - 20100305_320_4233p

  • [佳]  架空 - 宮下倉庫  (2010-03)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


架空

  宮下倉庫


架空の請求書をもとに損益の分岐点を探り当てるために、私はまず自身を限界まで二分する
ことから始める。二分されつづけても、数字は永遠にゼロにはならないが、昔聞いた話では、
数字はやがて自らの軽さに耐えかねて、緩やかな自殺を開始するそうだ。ただし、架空では
ない限りにおいて。つまりこの営みによって始まるものも、また終わるものもない。室内に
は、時折前髪を持ちあげる微風がどこからか流れ、白いテーブルクロスの上には鶏肉になに
か塗したらしい一皿が置かれ、その傍らには架空の請求書がある。本来ならフォークやナイ
フも置かれてあるべきだろうが、私の右手には鉛筆が握られていて、つい先ほどから、架空
の請求書に、自らを永遠に二分していく自走型の計算式を書きつけ始めたところだ。ところ
で、この料理の名はなんといっただろう。たとえば、あなたの双子の生活を、もうずっと眺
めている木製の窓枠に刻まれた、目を凝らしても見落としてしまいそうなほど小さい、しか
し確実に家屋を蝕んでいく“小さな疾病”。確か、そんな名だった覚えがある。微風が前髪
を揺らし、持ち上げる。左手が、わずかに翻った前髪を額に撫でつけようとテーブルから離
れる。そんな些細な動作が、忙しなく自走している私の右手の軌道を狂わせ、はずみでまだ
手のつけられていないテーブルの一皿を、毛足の短い、オリエンタル調の絨毯の上に落下さ
せてしまう。そして、このとき初めて、私は鶏肉が半ば生であることを知り、急に強い嘔気
を覚え、テーブルに倒れこむように顔を伏せる。そのように右手は自走し、私は二分されつ
づけていく。分かたれた私たちは完璧に相似し、出窓の内と外から、頬杖を突いて、眼差し
の中に、確実に進行していく疾病の分岐点を緩やかに背比べしている。

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