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作品 - 20100111_810_4080p

  • [佳]   - 坂口香野  (2010-01)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  坂口香野

ひとりがすき ひとりがすきとつぶやきながら
あなたはひっそりと歩み寄ってくる
いったいなにがしたいのですか

冬枯れの道を歩いてた
金色の光のなかを
前方からいろんなものが飛んできた
瀕死のルリタテハ
ぼさぼさ髪のヒヨドリ
最後尾よりまっしぐらに向かってきたのは
禿げ頭を赤銅色に輝かせたスズメバチが二匹
思わず顔をかばったところ
両手の甲をぶすり ぶすり
その切っ先は太く鈍くふとん針のごとしで
しびれた手はもげそうに重く
あたしは胴体までつめたくなりかけた
うう死ぬっすよこのままじゃ

ええ知ってますともあなたの言うとおり
ひとりはすてき
ひとりはごくらく
ひとりは100%クラウドウール製ハンモック
でも最後の瞬間だけはひとりじゃいやなのです
どうかそばにいてください
この冷え切った手をとってください
なんてね
しみじみと懇願
しじみと乾麺
椎の実とトースト

両手の穴は
まるで聖痕
あたしは殉教の聖女さま
といいたいところだが
どっちかっていうと粘土細工に開けた鉛筆の穴
まんまるで血の一滴も出てないし
なんのありがたみもありはしない
大丈夫? 大丈夫? 大丈夫?
心配そうにあたしの顔をのぞきこみながら
やれやれ、あなたはいま逃げ出したくてたまらない
それでいてあなたはいいひとでいたい
おばかさん
とっとと行っておしまい
ひとり乗り羊雲にのって行っておしまい

枯れ枝みたいなその手は火のように熱く
この世がぜんぶ消えてなくなっても
きっと忘れない
かつて、この手をぎゅっと握ってくれるひとがいて
その手をぎゅっと握り返したということを

ええとですね
できれば行く前に濃いめのコーヒーを淹れていってください
椎の実トーストによく合うんだから
うんわかった、とあのひとは仔細らしくうなずき
益子焼のマグカップになみなみとブラックコーヒーを注いでくれる
両手でマグを包んで温める
指先にかすかに血がかよって
手の穴をすきま風が通りぬける
羊雲がよろけながら目の前をはしる
(そのふちどりの黄金がつつましくひかる)
そんなにあわてなくたっていいのにね
ありがとう
さようなら

文学極道

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