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作品 - 20091208_035_4006p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


心境変化

  がれき




放浪癖を持つ者にとって、邪魔だてを拒めば野晒しにされる。殺意と、とられても差しつかえない。いかにも唐突な殺意であるが、ぎりぎりまで平板にされたナイフ、と呼ばれるのには耐えがたい。もっとも、これは都市的なものだ。すべての道路は舗装され、工事中の看板もある。

ところで野晒しについては、一体の人形を考えてもらいたい。急勾配の石段に人形が廃棄されている。おそらくは手首に於ける蝶番の弛緩、膝から垂れさがる脚、省略されたゆび、首は圧迫されて折れ上がるだろう。これらを暴力と言い表すのは易しい。そこで名を与える、ペトルゥシカ…。ペトルゥシカはあお向けにされ、夜空のしたにいる。これは野晒しである。もし、同一のペトルゥシカが石段に立ち、ガラス玉の同一の汚れで彼じしんを見下ろすならば、さらに野晒しと言い得るだろう。



まず、私は断崖に下りたのだ。折しも海は大しけで、むしろ私はそれに満足していた。これは我ながら意外だった。そこで私はぎりぎりまで波涛に迫り、暗欝のうちに砕ける波、ひと肌に似た飛沫の落下を、間近に見ていた。海はどちらかといえば魅力のない、女のようにも見えた。何よりもそれが私を安心させた。そんな女を独り占めしてみたかったのだ。

そうして永い間、頬に何度も唾をうけ、ヒステリックな狂暴さへと変貌をつづける海に、飽きず顔を突き合わせていた。断崖に独りでいるという呼吸のあつさが、私をかくも気ながにしたのかも知れない。ついに私は海に共鳴する残忍さで、愉悦からのわらいを漏らした。最初は小さく、そしてヒステリックなまでに狂暴に。フェミニストだったのだ。これは可笑しかった。それから、わらうのにも退屈し、私がだんだん不機嫌になりはじめたとき、ちかくの岩の影に、一人の男の姿を見つけた。この男もわらっていた。私が共鳴していたのは、海とではなくこの見知らぬ男とだった。



次に私は、この国で最もうろんな断崖をはなれ、都市へと帰ってきた。そこに待っていたのは、ある友人からの手紙だった。〈わたしは投獄されて檻のなかにいる。わたしはサーカスの野獣ではない。まず弁護士との面会をした。そこで凶悪な表情になった。それから家族に嫌気がさした。君にも飽き飽きしている〉。思い出されたのは、あるビジョンを伴う記憶だ。タバコの煙に沈殿する教会のステンドグラス、それを黄褐色に塗り替える! ルネッサンスの職人たちのある雄々しい情熱をもって、私たちは二時間以上も煙突崇拝のタバコを吸い続けた。

それから、部屋を出たのは、時刻のはっきりしない白昼と夕暮れとの限界だった。通りにでると三角形の建物の影で、少年たちが野球をしていた。それは特別、奇妙な建物であるというわけでもなかったが(何しろそれは見慣れていたから)、三角形のひとつの頂点に、卵ぐらいのおおきさの太陽が見えた。きみはまえ触れもなく嗚咽をはじめた。ただここで断っておくと、きみとは決して手紙上の人物ではない。ある野晒しな二人称のことだ。ところで私はというと、嫌悪からでなく、きみを置き去りにして、らせんの階段を巻き上がりすぐに自分の部屋へと戻った。



とりあえず私は、部屋を出ることにした。かつてのような旅行ではなく、ひどく乱脈な時間の経緯があって、夜のあいまいな鋳型へと世界が閉じられてからだ。散策と断定してよろしい。黒ずんだ用水路を見下ろすと、(もう何週間も雨がなかったのだが)適度に整然としていた。また、そういえばここは丘陵の上につくられた造成地なのだ。通りの突き当たりを右へ折れると、赤いアーケードの商店街が見えるだろう。おそらくは暗い空のために、それは灰色がかる。用水路ぞいの細い道を抜けると、ふいに大通りへでた。いや、むしろまだ、小さな通りだ。すぐちかくに人だ。三人で話している。狭い道をバスが通る。みじかい照射が騒音に追われる。とおくの道路からクレーン車の音だ。小売り店からライトが洩れる。三人の声は耳元までちかい。ひっそりとした住宅跡地は高度もはっきりしていた。

―この街も、私は知らない。電信ばしらに頬骨を当てると、輪郭が逆三角形をしていた。ゆで卵の臭いにひき寄せられ、私はもっとも高度を強めた。次第に野晒しな状況が、構造物へと高まっていく。すでに空中だ。陰気な銀を伴うが、冬ではない。ここで一言付け加えるなら、それは星座でも、都市でもないということだ。

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