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作品 - 20091121_594_3961p

  • [佳]  墓参り - 小ゼッケン  (2009-11)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


墓参り

  小ゼッケン

ノックされた扉を開けて
おかえりなさい
と言う

びしょ濡れで部屋に入ってきた彼女を
裸にし、髪を拭き肌をこすった
拭いても拭いても彼女の髪からしたたる水滴の直径は小さくならず
肌は青白いまま額にも肩にも幾筋も水が線を引く
ぼくはタオルを2度交換し、3枚目をフロアに投げ出して諦めた
彼女は守られている
水は、ぼくが彼女に直接触れることを妨げている
とりあえず毛布で彼女の全身をくるみ
背中にクッションを当てて壁際に座らせる
低いテーブルの上に湯気を立てるミルクのカップを置く
言いつけられたとおりに彼女はぼくの出したカップに口をつけることはなかったが
あたたかな湯気に混ざって立ち上るミルクの匂いは
彼女にやわらかな効果を及ぼすだろう
ようやく彼女の身体が深く沈んだのを見た

彼女は部屋に入ってからひとことも発さなかったが
ぼくがそういうことをしている間、じつは彼女の方もぼくから視線を外すことはなかった
ただぼくを見つめるためだけに帰ってきたらしい
ただそれだけのため

生きているとき
それらのことごとをいちいち愛と呼んだのはなぜだったんだろう
さみしかったのか憎かったのか
それらをすべて埋めたかったのか
愛は埋める作業だったのか

死んだという実感はない
ごらんのとおり。足はあるんだが
ぼくは死んでいるからここから出ちゃいけないと言われているんだ
たばこはやめた
火葬場でガン細胞もいっしょに燃えたけど
でも、ここは火が点かない場所だからね
きみがたまに帰ってきてくれるのならぼくはここで待っている
いつでもさ
いつでも
出かけるのはまだいいんだ
もうすこしだけ
ぼくの不在が愛で埋まるまで
もうすこし

またね

文学極道

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