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作品 - 20091111_368_3940p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


HOUSES OF THE HOLY。

  田中宏輔




OVER THE HILLS AND FAR AWAY。





「なんていうの、名前?」

「なんで言わなあかんねん。」

「べつに、ほんとの名前でなくってもいいんだけど。」

「エイジ。」

「ふううん。」

「ほんまの名前や。」

「そうなんや。

 エイジかあ、

 えいちゃんて呼ぼうかな。」

「あかん。

 そう呼んでええのは

 おれが高校のときに付き合うとった彼女だけや。」

「はいはい、わかりました。

 めんどくさいなあ。」

「なんやて?」

「べつに。」

鳩が鳩を襲う。

鳩と鳩の喧嘩ってすごいんですよ。

相手が死ぬまで、くちばしの先で、つっつき合うんですよ。

血まみれの鳩が、血まみれの鳩をつっつきまわして

相手が動けなくなっても

その相手の鳩の顔をつっつきまわしてるのを

見たことがあるんですよ。

それって

ぼくが住んでた祇園の家の近所にあった

八坂神社の境内でですけどね。

鳩が鳩を襲う。

猿がべつの種類の猿を狩っている映像を

ニュース番組で見たこともあります。

自分たちより小型の猿たちを

おおぜいの猿たちが狩るんですよ。

追い込んで

追いつめて

おびえた小さな猿たちを

それとは種類の違う何頭もの大きな猿たちが

その手足をもぎとって

引きちぎって

つぎつぎと食べてるんですよ。

血まみれの猿たちは

もう

おおはしゃぎ

血まみれの手を振り上げては

ほうほっ!

ほうほっ!

って叫びながら

足で地面を踏み鳴らすんですよ。

血走った目をギラギラと輝かせながら

目をせいいっぱいみひらきながら。

「こないだ言ってた

 よっくんって

 いくつぐらいの人なん?」

「50前や。」

「ゲイバーのマスターやったっけ?」

「ふつうのスナックや。」

「映画館で出会ったんやったね。」

「そや。

 新世界の国際地下シネマっちゅうとこや。

 たなやん、

 行ったことあるんか?」

「ないよ。」

「そうか。」

「付き合いは長かったの?」

「半年くらいかな。」

うううん。

ぼくには

それが長いのか、短いのか、ようわからんわ、笑。

「よっくんとの最後って

 どうやったん?」

「よっくんか?

 おれが

 よっくんの部屋で

 よっくんの仕事が終わるの待っとったんやけど

 ひとりで缶ビール飲んでたんや。

 何本飲んだか忘れたけど

 片付けるの忘れてたんや。

 そしたら

 それを怒りよってな。

 それで

 おれの写真ぜんぶアルバムから引き剥がして

 部屋出たんや。

 それが最後や。

 よっくん

 バイバイって言うてな。

 電車に乗ったんや。

 電車のなかでも

 おれといっしょに写ってる

 よっくんに

 バイバイ言うてな。

 写真

 ぜんぶ、やぶって捨てたった。

 でも

 おれ、

 電車のなかで泣いてた。」

「ふううん。

 なんやようわからんけど

 エイジくんと付き合うのは

 むずかしそうやな。」

「そうや。

 おれ、

 気まぐれやからな。」

「自分で言うんや。」

「おれ、

 よう、子どもみたいやって言われるねん。」

たしかに

でも

そんなこと

ニコニコして言うことじゃないと思った。

子どものときに

子どものようにふるまえなかったってことやね。

だから

いま

子どものようにあつかってほしいってことやったんやね。

きみは。

いまならわかる。

あのとき

きみが

子どものように見られたかったってこと。

いまならわかる。

あのとき

きみが

子どものようにあつかわれたかったってこと。

でも

ぼくには、わからなかった。

あのとき

ぼくには、わからんかったんや。

「おれ、

 家族のことが

 大好きなんや。」

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

ねえちゃん、

かあちゃん、

とうちゃん。

「ふううん。

 お父さんって

 エイジくんと似てるの?」

「似てるみたいや

 とうちゃんの友だちが

 とうちゃんと

 おれが似てる言う言うて

 よろこんどった。

 いっしょにおれと酒飲むのもうれしいみたいや。」

鳩が鳩を襲う。

関東大震災の火のなかで

丘が燃えている。

木歩をかついで

エイジくんが火のなかを歩き去る。

凍れ!



ひと叫び。

火は凍りつき、

幾条もの火の氷柱が

地面に突き刺さり、

その氷柱の上を

小型の猿が飛んでいる。

小型の猿たちが飛んでいる。

氷の枝はポキポキ折れて

火の色に染まった氷柱のあいだを

小型の猿たちが落ちていく。

つぎつぎに落ちてくる。

大きい猿たちが、落ちた猿たちの手足を引きちぎる。

血まみれの手足が

燃え盛る火の氷柱のあいだで

ほおり投げられる。

ばらばらの手足が

弧を描いて

火の色の氷柱のあいだを飛んでいる。

大きい猿の手から手へと

血まみれの手足が

投げられては受け取られ

受け取られては投げ返される。

鴉も鳩を襲う。

ポオの大鴉は、ご存知ですか?

嵐の日だったかな。

たんに風の強い日の夜だったかな。

真夜中、夜に

青年のいる屋敷の

部屋の窓のところに

大鴉がきて

青年にささやくんですよ。

もはや、ない。

けっして、ない。

って。

青年が、その大鴉に

おまえはなにものか?

とか

なんのためにきたのか?

とか

いっぱい

いろんなことをたずねるんですけど

大鴉はつねに

ひとこと

もはや、ない。

けっして、ない。

って言うんですよ。

ポオって言えば

クロネコ

あっ、

こんなふうにカタカナで書くと

まるで宅急便みたい、笑。

燃え盛る火の氷柱のあいだを

木歩をかついで

丘をおりて行くエイジくん。

関東大震災の日。

丘は燃え上がり

空は火の色に染まり

地面は割れて

それは

地上のあらゆる喜びを悲しみに変える地獄だった。

それは

地上のあらゆる楽しみを苦しみに変える地獄だった。

そこらじゅう

いたるところで

獣たちは叫び

ひとびとは神の名を呼び

祈り、

踊り、

叫び、

助けを求めて

祈り、

踊り、

叫び、

助けを求めて

祈っていた、

踊っていた、

叫んでいた。

雪の日。

真夜中、夜に

エイジくんと

ふたりで雪合戦。

真夜中、夜に

ふたりっきりで

ぼくのアパートの下で

雪をまるめて。

預言者ダニエルが火のなかで微笑んでいる。

雪つぶて。

四つの獣の首がまわる。

火のなかで

車輪にくっついた獣の四つの首が回転している。

ぼくはバカバカしいなって思いながら

エイジくんに付き合って

アパートの下で、雪つぶてをつくっている。

預言者ダニエルは

ぼくの目を見据えながら

火のなかを歩いてくる。

ぼくのほうに近づいてくる。

猿が猿を食べる。

鳩が鳩を襲う。

「言うたやろ。

 おれ、

 気まぐれなんや。

 もう二度ときいひんで。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれの手袋。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれの帽子。」

「たなやん。

 おれ、

 忘れてたわ。

 おれのマフラー。」

たなやん。

おれの、

おれの、

おれの、

「なんや、それ。

 玄関のところに置いてたんや。

 毎日、なんか忘れていくんやな。」

預言者ダニエルは

火のなかを

ぼくのところにまで

まっすぐに歩いてくる。

凍れ!

火の丘よ!

凍らば

凍れ!

火の丘よ!

もはや、ない。

けっして、ない。

凍れ!

火の丘よ!

凍れ!

火の丘よ!








THE SONG REMAINS THE SAME。                         
                      




これはよかったことになるのかな、

それとも、よくなかったことになるのかな。

どだろ。

ぼくが

はじめて男の子にキッスされたのは。

中学校の一年生か二年生のときのことだった。

小学校時代からの友だちだった米倉と、

キャンプに行ったときのことだった。

さいしょは、べつべつの寝袋に入っていたのだけれど、

彼の寝袋はかなり大きめのものだったから、

大人用の寝袋だったのかな、

「いっしょに二人で寝えへんか?」

って言われて、

彼の言うとおりにしたときのことだった。

一度だけのキッス。



韓国では、ゲイのことを、二般と呼ぶらしい。

一般じゃないからってことなのだろうけれど、

なんか笑けるね。

日本じゃ言わないもんね。

もう、明らかに差別じゃん。

そういえば、

ぼくが子どものころには、

「オカマ」のほかにも、

「男女(おとこおんな)」とかっていう言い方もあった。

ぼくも言われたし、

そのときには傷ついたけどね。

まあ、

これなんかも、いまなら笑けるけども。



「それ、どこで買ってきたの?」

「高島屋。」

「えっ、高島屋にフンドシなんておいてあるの?」

エイジくんが笑った。

「たなやん、雪合戦しようや。」

「はあ? バッカじゃないの?」

「おれがバカやっちゅうことは、おれがいちばんよう知っとるわ。」

こんどは、ぼくのほうが笑った。

「なにがおもろいねん? ええから、雪合戦しようや。」

それからふたりは、部屋を出て、

真夜中に、雪つぶての応酬。

「おれが住んどるとこは教えたらへん。

 こられたら、こまるんや。

 たなやん、くるやろ?」

「行かないよ。」

「くるから、教えたらへんねん。」

「バッカじゃないの? 行かないって。」

「木歩っていう俳人に似てるね。」

ぼくは木歩の写っている写真を見せた。

句集についていたごく小さな写真だったけれど。

「たなやんの目から見たら、似てるっちゅうことやな。」

まあ、彼は貧しい俳人で、

きみみたいに、どでかい建設会社の社長のどら息子やないけどね。

「姉ちゃんがひとりいる。」

「似てたら、こわいけど。」

「似てへんわ。」

「やっぱり唇、分厚いの?」

「分厚ないわ。」

「ふううん。」

「そやけど、たなやん、

 おれのこの分厚い唇がセクシーや思てるんやろ?」

「はあ?」

「たなやんの目、おれの唇ばっかり見てるで。」

「そんなことないわ、あいかわらずナルシストやな。」

「ナルシストちゃうわ。」

「ぜったい、ナルシストだって。」

「おれの小学校のときのあだ名、クチビルおばけやったんや。」

「クチビルおバカじゃないの?」

にらみつけられた。

つかみ合いのケンカになった。

間違って、顔をけってしまった。

まあ、足があたったってくらいやったけど。

ふたりとも柔道していたので、技の掛け合いみたいになってね。

でも、本気でとっくみ合ってたから、

あんまり痛くなかったと思う。

案外、手を抜いたほうが痛いものだからね。

エイジくんが笑っていた。

けられて笑うって変なヤツだとそのときには思ったけれど、

いまだったら、わかるかな、その気持ち。

そのときのエイジくんの気持ち。

彼とも、キッスは一度だけやった。

しかも、サランラップを唇と唇のあいだにはさんでしたのだけれど。

なんちゅうキスやろか。

一年以上ものあいだ、

あれだけ毎日のように会ってたのにね。



どうして、

光は思い出すのだろう。

どうして、

光は忘れないのだろう。

光は、すべてを憶えている。

光は、なにひとつ忘れない。

なぜなら、光はけっして直進しないからである。



もしも、もしも、もしも……。

いったい、ぼくたちは、

どれくらいの数のもしもからできているのだろうか。

いまさら、どうしようもないことだけれど、

もしも、あのとき、ああしてなければ、

もしも、あのとき、こうしていたらって、

そんなことばかり考えてしまう。

ただ一度だけのキス。

ただ一度だけのキッス。

考えても仕方のないことばかり考えてしまう。



ぼくは言葉を書いた。

あなたは情景を思い浮かべた。

あなたに情景を思い浮かばせたのは、ぼくが書いた言葉だったのだろうか。

それとも、あなたのこころだったのだろうか。








DANCING DAYS。





休みの日だったので、

けさ、二度寝していたのだけれど、

ふと気がつくと、

死んだ父の部屋に、ぼくがいて、

目の見えない死んだ父が、

壁伝いに部屋から出て行こうとしているところだった。

死んだ父は、

壁に手をそわせながら、

ゆっくりと階段を上って屋上に出た。

祇園に住んでいたときのビルに近い建物だったけれど、

目にした外の風景は違ったものだった。

しかも、実景ではなく、

まるでポスターにある写真でも眺めたような感じの景色だった。

屋上が浅いプールになっていて、

そこに二頭のアザラシがいて、

目の見えない死んだ父が、

扉の内側から、生きた魚たちを投げ与えていた。

ぐいぐいと身をはねそらせながらも、

生きた魚たちは、

死んだ父の手のなかに現われては放り投げられ、

現われては放り投げられていった。

二頭のアザラシたちは、

くんずほぐれつ、もんどりうちながら、

つぎつぎと餌にパクついていった。

もうこの家はないのだから、

目の見えない父も死んでいるのだからって、

コンクリートのうえで血まみれになって騒いでいるアザラシたちを、

夢のなかから出してやらなきゃかわいそうだと思って、

ぼくは、自分が眠っている部屋の明かりをつけて、

目を完全に覚まそうとしたのだけれど、

死んだ父が、ぼくの肩をおさえて目覚めさそうとしなかった。

手元にあったリモコンもなくなっていた。

もう一度、起き上がろうとしたら、

また死んだ父が、ぼくの肩をおさえた。

そこで 声を張り上げたら、

ようやく目が覚めた。

リモコンも手元にあって、

部屋の明かりをつけた。

ひさびさに死んだ父の姿を見た。

しかし、なにか奇妙だった。

どこかおかしかった。

そうだ、しゅうし無音だったのだ。

死んだ父が階段を上るときにも、

二頭のアザラシたちがコンクリートのうえで餌を奪い合って暴れていたときにも、

いっさい音がしなかったのだ。

そういえば、

これまで、ぼくの見てきた夢には音がしていたのだろうか。

すぐには思い出せなかった。

もしかすると、

ずっとなかったのかもしれない。

内心の声はあったと思う。

映像らしきものを見て、

それについて思いをめぐらしたり

考えたりはしていたのだから。

ただし、それをつぶやくというのか、

声に出していたのかどうかというと、記憶にはない。

ただ、けさのように、

自分の叫び声で目が覚めるということは、

しばしばあったのだけれど。



なにが怖いって、

家族でそろって食べる食事の時間が、いちばん怖かった。

一日のうち、いちばん怖くて、いやな時間だった。

ほんのちょっとした粗相でも見逃されなかったのだ。

高校に入ると、柔道部に入った。

クラブが終わって、家に帰ると、

すでに、家族はみな、食事を済ませていた。

ぼくは、ひとりで晩ご飯を食べた。

そうして、中学校時代には怖くていやだった食事の時間が、

もう怖いこともなく、いやでもない時間になったのであった。

文学極道

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