生後6ヶ月になる娘を捜しに来たおれを
じいさんは農園に案内した
畑にはいちめんの赤子の手が
アイダホの青い空の下
乾いた土から見渡す限りに生えていた
人差し指をてのひらに当てると反射で握り返してくるでの
そうすりゃ、おまえさんでもどれが我が子か分かるじゃろ
我が子と思えばそのまま引き上げればええ
見た目ではさっぱり分からず
おれはさっそくしゃがみこんで一番手前から試そうとする
しかし、いったん握ると赤子はおまえさんの手を離さんでの
ちがうと思ったらこう、くいっとひねるんじゃよ
おれはぎょっとして人差し指を引っ込める
ひねられた手はどうなるんですか?
枯れる。わしに気遣いは無用じゃよ
ほうっておいても生えてくるでの
おれは立ち上がってズボンの膝を払って土を落とす
できません、と言った
このまま帰れば妻はおれをなじるだろう
元には戻れないとも思う
しかし、赤子の手をひねることはおれにはできない
わざわざ探しに来ておいて自分勝手は変わらん
おまえさんひとりだけが勇気ある父親だとでも?
じいさんが指差した方向では若い男が一心に赤子の手をひねっている
急がんとおまえさんの子もひねられる
おれは若い男に向かって駆け出す
やめなさーい!きみは鬼となったのか!
は?
若い男はちょっと視線を上げておれを見る
じぶんの子供を救わない親が鬼ではないとでも?
だからといって!
だからといって?
若い男はみるみる水気を失い茶色に萎れてゆく手の隣、
新たなピンクのてのひらに指先を近づける
おれは男を突き飛ばそうと突進するが寸前で男は立ち上がりステップバックする
おれは勢い余って地面に倒れこんだがすぐに立ち上がった
しゅ! 土煙を割って男の腕が蛇のようにくねり、手刀の尖端がおれの喉仏を一突きする
おれは自分で自分の首を締めるような格好でクエエエっと叫ぶ
おっさん、ひとりだけの夢見てるんじゃないよ
屈辱で立ち上がれそうにない
若い男は人差し指の先をぷにぷにのてのひらに押し当てた
一瞬待ってからてのひらは閉じた
男は間髪いれずに土の中から自分の子供を引き上げると帰っていった
間際に男はおれの方を振り返ると
赤ん坊を抱いていない方の腕をおれに伸ばすと、親指をまっすぐ上に立てた
指していたのはアイダホの青い空だった
あんたもがんばりなよ
歯は雲の白さだった
ほれほれ、次々ひねらねば
自分の子供を捜しに父親たちが農園にやってくる
しゅ〜、しゅしゅしゅ! おれは父親たちの喉仏に手刀を順に叩き込んでいく
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作品 - 20091103_980_3912p
- [佳] 農園 - 小ゼッケン (2009-11)
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