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作品 - 20090813_131_3712p

  • [優]   - 鈴屋  (2009-08)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


  鈴屋

額にあてた手を顎までしぼって汗をぬぐう
ベンチに座って
親指と人差し指の爪を立て
桃を剥く
噛みつくように食う
陽は錆びついたまま動かず、空は地平よりも暗い
02年、夏
「ブッシュ、バカよ」とイラン人が言った
「ブッシュ、バカよ」と私が復唱した
私はトヨタの99年式ランクルをイラン人に売った
 
桃を食う
すする
果肉を歯と舌でねぶり、つぶす
遠くの丘陵の崖が崩れ赤い土が剥き出しになっている
崖の上で樹木が風にあおられている
私もあおられ頁が繰られるように薄くなっていく
翼竜が空を渡っていく
立ち上がって、丘のむこうへ消えるまで見届ける
プテラノドンだろう
手の中の桃がぐちゃぐちゃしているのを思い出し
あわてて手の甲のほうから汁をすすりあげ、座りなおす

指も口辺も濡れる
甘いな、甘いな、甘いな、と喉がごくごくするが
舌の根もとが、わずかに苦い
夏風邪かもしれない
複葉機が空中戦している
レッドバロンのフォッカーがソッピース キャメルを追い回し、撃墜する
黒煙を曳いて丘の中腹に激突する
目の前を、刻々と時をうつしながら
零戦がゆっくり過ぎていく
プロペラの回転、胴体の日の丸がくっきりしている
悲劇の戦闘機
なんのことだか、かまいはしないが

指も口もべとべと
私は零戦が好きだ
踏み切りのむこうで日傘の女がこっちを見ている
知っている女のはずだが・・・
捨てたか捨てられたかした女のはずだが・・・
笑っているようにも泣いているようにも見えるが・・・
コンテナ貨車がよぎる
いや、アパートの二つ隣の奥さんかもしれない
急な支払いに「持ち合わせがなくて」と言って
ひと月まえに六千円借りにきた、一万円渡したがまだ返さない
道で出会っても会釈をよこすだけ、金のことは一言もない
日傘をかたむけ変幻自在、小首かしげてルージュが伸びきり、みごとに頬笑む
回る日傘が遠ざかる
銀色のタンク貨車がよぎる
シェルのマークがつぎつぎよぎる
亭主のことを「十七ちがうの」「わたしだけがたよりなの」
訊きもしないのにわざわざ言っていた
また借りにくるはず
 
09年8月1日 米ドル/円 94.25円
欧州ユーロ/円 134.50円  ポンド/円 155.32円  
桃を食う
すする
果肉を歯と舌でねぶり、つぶす
汁が指の隙間から肘へ伝い、汗まじりの雫がサンダルの爪先の先に落ちる
砂が吸う

あるかなきか命がけ
の味がする

パイプがむき出しの蛇口が見える
そばの日陰で犬が寝そべって上目遣いしている
犬は空を絶対に見ない
三つ四つ蟻の巣がある
黒い点があちこち動めいているのがわかる
まだ果肉がくっついた赤紫の種を放ってやる
蟻よ
集まれ
蛇口まで手と顔を洗いにいくつもりだが
指と顎を垂らしたまま
ぐずぐずしている

文学極道

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