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作品 - 20090629_291_3616p

  • [優]  No Title - 浅井 康浩  (2009-06)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


No Title

  浅井 康浩


心臓の音を悼んでいると思ったら、わたし、祈っていたの。
そのままの姿で、くちずさむ調子で、鳥たちの声に。




なぜ自分のしていることが強姦になるのか、そのことがわかりません。ただ、相手にささ
やく言葉を知らなかっただけかもしれない。でも、どこかでふかい悲しみのようなものが
ふるえていて、言葉をつぐませてしまう、というか。そうやってなにも言うことができな
くなって、セックスから言葉や対象が失われてゆくのだとおもいます。静けさというもの
があったとしても、ひそやかな呼吸もなく、植物的なゆるやかさもないセックスのどこに
価値をみいだせばよいのか、それすらもわかりません。




せきとめられていたの、わたし、たおれこんでいたの、この川の辺へ、なんでもないよう
な呼吸のしかたもわすれてしまって。そうやって、そう、せきとめられている。湿り気を
もつハゼ科のように。じぶんの持っている輪郭をつよくととのえるまで。ひかりをいだく
ようにして。いつかはわからないけれど手をふるように。




この位置は、世界から聞こえてくるさまざまなものに耳をすましてゆける位置でもある。
だから、あなたが聞き出そうとしたことは、きっと、誰かがききたかった部分と重なって
いると思う。




そらみみだったのでしょう。こわれかけた鍵盤みたいにぽろぽろ流れこんでくるやすらぎ
にそらを見上げたのはわたし。そんなことをすれば、書けてしまった手紙のことばたちか
ら置き去りにされてしまうこともわかっていたはずなのに、はだしであるきましょう、は
だしであるきましょう、だなんてあなたが告げた声をわすれるともなしに朝をむかえてし
まえば、ひっそりと泣いてしまうことの準備さえできていないというのに。




どうしてそんなにねむることができるのか、そのことの不思議をおもっていた。あまりに
も透明といえそうな、あかるいひろがりに満たされていたから、しずけさにつつまれなが
ら眠ることもできるのかもしれないとも思っていた。




アスパラの茹でかた。喫茶店での過ごし方。待ちわびること。柳宗理の食器。シンプルな
生き方。ZARA、知床半島、マフラーの正しい巻き方。スーパーバタードッグ。上手なコー
ヒーの淹れ方。ヨットの原理。ラベンダー。ふるい絵本。琵琶湖。猫アレルギー。道端に
寝転がること。さつまいものタルト。感謝すること。奈良町。etc. 




デタラメなリズムで漕ぎだすくちぶえはめぐりめぐってHappy Birthdayを奏でてしまう。
だから、目はほそめたままでいましょう。眩しいから、って、そっと手のひらをかざして
こずえのみどりの影にゆっくりと埋もれてゆく。このような日々が終わらないままにつづ
いたとしても、それでもととのいはじめた呼吸のリズムのなかからマガロフのワルツの
音色を思いだすことはできるのだろうか




射精によって空間やへだたりが溶けてしまって、視界がひらけるように、ひとりきりでは
なく、あなたとともに交わっていたことを感じることが、ときにはあるかもしれない、ふ
たり、ということばのさざめきのなかに還ってゆけるかもしれないと感じることも、これ
からはあるかもしれない。発症にいたるまでの経緯をかたることはなんとしても避けると
ともに、わたしの言葉自体が崩されてゆくのを防ぐための努力に最大限の感謝を添える。
いつだって現実の直視からはじまることは疑いがない。そして、せかいは、わたしやあな
たの言葉に聞く耳をもたない。




ふたつのからだは、ひとつになれない。だからね、いとしいひとへの言葉をだきしめるな
んてことを、してはいけない。ましてや、満たすことなんて、してはいけない。

文学極道

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