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作品 - 20090627_249_3611p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


さっちゃんの卵 

  ミドリ


その街についたとき、ぼくらは人々の言葉が全く理解できないことに気づいた。微妙なイントネーションからしてどこか違うのだ。
ロートアイアンで装飾された看板のショールームに入ると陽気な笑い声をあげる人々で込み合い。シェード付きのランプが取り付けられた入り口で立ち止まっていると、コニーさんの方から話しかけてきた。
彼は面長の七面鳥で、鳩の卵を売っている。

コニーさんは作業用の白手袋を脱ぎ捨てると、ぼくらに近づいてきた。顔は笑っているが目は笑っていない。

「やあ!」

コニーさんはぼくらを見つけると手を振った。何しろ室内はおそろしく込み合っている。5メートル進むのに3分も掛かる有様だ。

「すごい盛況ですね!」

ぼくは思わず声を張り上げた。

      ∞

「紹介しますよ」

ぼくは連れて来た鳩の手を引っ張って、コニーさんの前に押し出した。

「名前はなんていうの?」
「この子ね、少し知恵が遅れてるんですよ」
「卵は産めるのかい?」
「バンバン産みますよ!」
「そりゃー良かった。うちは実力主義だからね」
「さっちゃん。これから世話になるオーナーのコニーさんだ。挨拶なさい」

ぼくは唇を尖らし、さっちゃんに厳しい調子で言った。

「サチコです。宜しく」

さっちゃんはペコリと頭を90度に下げて、そのまま30秒ほど固まってしまった。

「さっちゃん、もういいよ。頭を上げなさい」
「もういいよ、さっちゃん頭を上げなさい」

彼女は90度に折り曲げた体を戻すと、ぼくの言葉をそのまま反復した。

「おいおい、大丈夫かね?」

コニーさんは上着のポケットからハンカチを取り出し、額に浮き上がった汗をぬぐった。さっちゃんは、大きな笑顔でコニーさんを見つめると。

「おいおい、大丈夫かね」と。

また例のごとく、彼の言葉を繰返した。
コニーさんとぼくは目を合わせ、苦笑した。

       ∞

「ここがこれから君が働くことになる仕事場だ。いいね」

コニーさんはさっちゃんの肩を抱き。指先であちこちを指し示しながら工場の中の事を、丁寧に説明していった。どうせ、さっちゃんにはその言葉の意味や難しいことは理解できないだろうが、コニーさんは必死だった。何しろ需要に供給が追いつかず、猫の手も借りたいほど忙しいのだ。
そして従業員の鳩たちは色んな地方から集められ、会社が用意した寮から通うものが殆どだ。

中には外国から来ている鳩もたくさんいて、そこで飛び交う言葉はさながら国際色豊かな交易都市の様相を呈していた。そしてバイヤーの中には、地球の裏側から出張して来るものも少なくない。そのコストを差し引いても、引く手あまたなのが、コニーさんの商品なのだ。

成る程ここで話されている言葉の意味がわからないわけだ。むろん従業員同士のコミュニケーションも、きっとままならないだろう。この職場に紛れ込めば、知恵遅れのさっちゃんも、彼らと同等の扱いを受けられる筈だ。

仕事は至って簡単。卵を産めば良いだけの話なのだから。

ぼくはコニーさんがさっちゃんに工場の説明をしている間。表へ出て煙草を一服吹かした。煙ばかりが空へ抜けていき。あまり味がしなかった。このままコニーさんとさっちゃんに挨拶しないで帰ろうかと思った。さっちゃんは何て思うだろう?
ぼくがさっちゃんに「バイバイ」って言うと、きっと彼女はいつも様に「バイバイ」とぼくの言葉を反復するに違いない。「お別れだよ」と言うと、彼女はいつもの笑顔で「お別れだよ」と、ぼくの言葉を繰返すに違いない。
そのままぼくがさっちゃんに背を向け、遠ざかって行けば、彼女はいつもと違う何かを察知して、ぼくの背中を追いかけてくるだろうか。

煙草の火をもみ消し、振り返ると。

工場の入り口で「談笑」する。
さっちゃんとコニーさんの姿が。ぼくの目頭から不意に溢れ出た熱いものの中で、滲んで、見えたんだ。

文学極道

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