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作品 - 20090615_992_3591p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


川は流れた

  鈴屋

川は女だった
川は流れた
女は林崎久仁子と言い
夜、電車で鉄橋をわたり帰郷し
翌朝、実家近くの土手で青い矢車草を摘んだ
河原にしゃがんで流れる水を眺め
林崎は川とともに流れ
浮いたり沈んだり、目の前を通過する自分の裸体を見た
他日、川が
「わたしには寄る辺がない」と言うので
「それはわかるが・・・」
と私は川に言い、両岸の土手の効用を説いた

川は上流で妊娠し
河口で中絶し流した
川が流れる平野の町では人々がよく労働した
ある日戦争が済んで、つぎつぎに屋根がはびこり、道は網目となり
銀行は貨幣を出し入れし、電車はめまぐるしく回り
私は正しく修正主義者となり、いくたりか女と情をかわした
電車は鉄橋で瞬き、夕日は何度でも落ち
川は流れ、流した 
林崎は流れた
私は歩いた

林崎久仁子の実家の靴箱の上で青い矢車草が枯れ
林崎は流れた
父母は庭でインゲン豆を育て、父は長々しく理屈を言い、入れ歯を洗い
母は無言で草をむしり、芋虫を踏み潰し
林崎は流れた
私は休日のたびに河川敷に草野球を見に行き
そのときも川は流れ
センターフライを追いつづけ
白球は空で孤独な穴になった
「わたしは川底の下でも流れているのよ、知ってて?」と川は言い
私は笑いながら首をふった

林崎と私はアパートの二階で暮らした
畳の上で林崎は流れ、私は競艇の予想紙に赤鉛筆で印をつけた
窓からは色づきはじめた枇杷の実と
青空に刺さっているジェット戦闘機が見えた
夜更け
闇の中に横たわり
鉄橋を渡る電車の響きを聴いた
耳もとで水の音がすることもあった
川は流れ、流した
眠る林崎は流れた
闇夜の山岳、丘陵、平野を流れ
上流から下流まで全体が光って浮上し川は流れた

文学極道

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