#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20090508_393_3508p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


看板のない女

  はなび


看板のない女は
名前のない女優のように
緑色の夕方
港に立っている

塩を舐めライムを齧り黄金色のテキーラを流し込む
深緑色のビールの小瓶から世界を覗き込む
黒くつややかなレコード盤とダイアモンドの破片が
耳の奥でざりざりと鳴っている

看板のない女は
キース・ジャレットが好きだった
けれどもそれは昔の話
一緒に暮らした男が置いていった
たった一枚のレコード

ねえ、あなたって
水からあがったばかりの
アシカの皮膚みたいな
クラリネット吹くのね

床に置いたレコードプレーヤーの脇を裸足で歩く

モノラル音源のような漆黒の髪の看板のない女

窓辺でベビードールを着たまま下の道路を眺めて
動かない黄色のタクシーの列を見ています

いやらしい男の目は見ない
かなしくなるから?
ジャズなんて
吐いて捨てるほどあるのよ
そんなことしったって
なんの役にも立ちやしない

赤毛のお人形はギンガムチェックの
ボタンダウンのシャツとステッチのはいった
デニムのジャンパースカートを着ていました
ベティという名前でした
マリィにするには少し湿度が足りないそうです

もしあのきれいな男の子がうちにくるなら
お部屋の花瓶には少し枯れた花を生けておく
男の子はアシカのウナジみたいな魚の匂いがする
ナイフみたいに 少しだけ死のかおりがする

熱帯魚達はそろそろ陸にあがる準備を始めている
よるの暗闇の中で黒く縁取られた大きな目だけが
ぎょろぎょろとせわしなく動く影のようにあるく

看板のない女の看板のない日曜日

名前のない女優のような名前のないふくらはぎのながい線 

気の抜けたコカ・コーラのような甘たるい瞼 

キューバ産の葉巻のような重たいまつげ

看板のない女はあかいスカートひらひらさせて裸足で木登りをする

まるでサーカス小屋のオウムのように

まるでヨットハーバーのように

まるで紙ふぶきのように

まるで野球場のように

まるでビンゴゲームのように

まるで看板のない女らしからぬ愛嬌でもって

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.