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作品 - 20090408_939_3454p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


問題はない

  鈴屋


電柱が並んで立っている(問題はない)
白いミニバンが曲がっていく(問題はない)
三月、休日、曇り、午後三時半、コーヒーショップの窓際(問題はない)
宅配の車がマンションの前でハザードランプを点滅させている(問題はない)
人が通る(問題はない)
ここまで問題はない(問題はない)

 
コーヒーを飲みほす
カップの底に薄茶色に染まった砂糖が残っている
スプーンで掬って舌にのせたい、と考える
客が出入りするたびにカロンカロンと鈴が鳴る、耳に障る
タバコに火を点け、また外を眺める
女が通る
「女」という一字がこめかみに浮かぶ
BMがよぎる、Mスポーツだったか
BMは好みだ、中古屋の志村に相場を訊こうとおもう、4・5年落ちのセダンでいい
今のインテグラには五年乗っている、これも中古
先月、リアバンパーの左角を潰した
ジャケットのポケットでケイタイがはしゃぐ、雀荘からだ
「須藤さん、見えてるわよ」
志村は?と訊くと、今日は一度も顔を出していないという
窓ガラスに顔をよせ空模様を窺う
雨の気配はない
「雨」という一字がこめかみに浮かぶ
胸元のパン屑を払い、灰皿にタバコを圧しつけ席を立つ
通りに出て、気分を計る
こんなものか


雲が薄く張っている、日がクラゲのように泳いでいる
狭い舗道、老夫婦らしき二人連れが前にいる
男のほうが「いつつつ、いつつつ」とかなんとか、愚図っている
いっこうに進まないので追い越す 
石段の上に出る
歩をとめて市街を眺める
空と地面のあいだで住宅やビルや塔や電柱や広告や女や事務所や樹木のたぐいがベタベタ横たわっている
くだらねえ、と考える
木とか空とか人とか地面とか雲とか住宅とか犬とか雨とか電線とか窓とか腑分けして呼んでいること
呼んでつなげて知らず知らず文脈など考えていること
くだらねえ、と考える


薬屋に寄ってドリンク剤を飲む
財布を覗いて札の数を確認する
その先
パブスナックのドアが開いている
暗がりの中、男がくわえタバコでモップ掛けしている
その角を曲がる
路地の奥で明るいうちからアクリルの看板が光っている
うす緑の地に赤く「麻雀」と抜いてある
にわかに、血がめぐりはじめる
皮膚に、指先に、頭蓋に
血がめぐりはじめる
今日、はじめて肉が新鮮になる
二階に上がる階段めざして、おのずと
歩が速まる

文学極道

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