選出作品

作品 - 20090314_563_3392p

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夜の深浅

  凪葉

 
 
真夜中、ふいに目が覚めた。
寝汗をかいていたのか、閉め忘れた窓から忍び寄る生暖かい風に肌寒さを感じた。
体を起こし、窓辺に射し込んでいた月のひかりに触れる。
満ちた月のひかりは、窓辺に敷かれた布団を仄明るく包んでいた。
窓を大きく開けて、風を確かめる。
木々たちは驚くほど静かに、まるで、子守唄のようなささやきでゆれている。
伸ばしていた腕に絡みつく風に、含まれる春の匂いと、無臭の、夜の匂い。
 
 
布団の横に置いたままの読みかけの本を手に取った。
旅先で買った木製の薄い栞を、そっと抜き取りページを開くと、乾いた、本の香りが微かに感覚を刺激した。
開かれたページを照らす月明かりが、言葉のひとつひとつをも包みこんで
心の中でくりかえされていく言葉の、ゆるやかな流れが広がりを手にしていく。

  
  消してしまえばよかったのか
  なにもかも最初から
  存在したことなどなかったかのように
  跡形もなく
 
 
一遍の詩の、何気ない言葉が、知らず知らずの内に零れはじめていた。
気づけば、意識が夜の空を抜けて、それでも高く、高く抜けて
わたしは、どこか遠くの、行ったことも、見たこともない程の果てを歩いていた。
言葉はいつしか海になり、波になり、寄せては返して、胸をゆさぶる。

 
  果ての果てには何があるのだろう
 
 
三度、心の中で呟いた。
詩の終りが、夜の終わりではなく、空白だけが残される。
覚醒した意識の中をすり抜けていく風は、変わらず春の匂いを含んで
唄われ続ける、木々の子守唄で満たされていく夜。
閉じられた本の隙間から抜ける空気の音が、音の無い部屋の中に小さく響いて
窓の外、高く満ちる月を見上げた。
 

置き去りにされた思いと、残された空白。
その中で確かに、わたしの知らない、果ての音が静かに
ただ静かに震えていて
月を見ているはずの瞳は、光の輪郭を透かして、どこか遠くの
わたしも、誰も、行ったことのない果ての果てを見つめているような
そんな、気がしていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
※段分け部、
作者:武田聡人
「日々の泡」より一部引用。