ぼくはもう駄目だからあとは頼んだ。このゲームがいつまで続くのかはわからないけど、行けるとこまで行ってくれ、投げたくなったら投げればいい。一度降りたら戻れないのは分かってるし、それなのに君に任せるっていうのもなんだか無責任に思うかもしれないけれども、いいかい、責任は生まれるものだからね、ぼくや君がどう感じていようがそれは問題じゃないんだ。ほら、ごらん。魔物がいるよ。手を振っている。楽器を吹き鳴らしている。手を振り返してあげな。彼らはゲームから降りたんだ。うらやましいんだよ、君が。
たぶん、そろそろ最終電車が出る。ここから出て行く奴もいるだろう。君も帰りたいかもしれない、申し訳ない。どこへ帰るのかはぼくは知らないが、随分いいところなんだろうね、目を見ればわかるよ、少なくともここよりは。切符はあるのかい、あるね、君のポケットの中に、いつでも仕舞ってある。失くしてないかな、気になるだろうけれど、今は確かめないほうがいい。砂埃で汚れてしまう。汚れたら受け取ってくれないよ、皆気にするんだ、そういうのを意外と。
サインを決めよう。指一本で真っ直ぐ、二本で曲がる、三本と四本は使わない、五本でもう勘弁してくれ、これだ。遠くになるから分かるように高く、高く上げてくれ。それでも見えるかどうかは分からないが、手を高く上げたら肩から脇にかけてのストレッチにもなるから気にするな。急にあげるんじゃないよ、ゆっくり時間をかけて、でも決めたらもう変えるな。どうせ君が決めたことだ、色々言うやつはいるだろうがサインは3つだからたかが66.6パーセントだ、3割打てば上等なんだから分の悪い話じゃない。とにかく、高く、高く上げる。頼んだぜ。
今まで一度も言ったことがなかったと思うけど、君の球は魅力的だ。思わず抱きしめたいくらいに美しい。だからきっと受け止めてくれると思うよ、彼は、どこへ行っても。好きなほうを向いて投げればいい。君の仕事は向こうまで届ける、それだけだ。簡単に思えるだろう?けれど、それが時々すごく難しく感じられることもあるんだ。打ち返そうとしてくる奴が気になるかい?ぼくも気になった、けれども居るんだ、奴らは。いつもそこに居る。君の隣にいつも居るけれど、だが、よく考えてくれ。奴らも振ったり振らなかったりする。怖いんだ、風を切るのが、手もつけられない速さに身体が持っていかれて、空を泳ぐのが。ぼくだって怖かったさ、だから、ちゃんと受け止めてもらえるようにしておくんだぜ、高く、高くだ。
よく見てくれよ、ぼくはもう無理だ、腕がない。飛んでっちまったんだ、向こう側に。吹っ飛んだ腕はそのうち地面に落ちるだろう。砂埃で汚れて、壊死してしまっている。サインが出せないんだ、左手はグラブがあるから。グラブを外せばいいって?無茶言うなよ、球が受けられなくなるじゃないか。あんまりぼくの楽しみを奪ってくれるなよ。君の球は増えるんだ、何十個、何百個、何千、何万。手伝わないといけないからね、ぼくも、魔物になるんだ。球拾いをするから。サインを、頼んだぜ。上げられるところまででいい。高く、高く。
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作品 - 20090217_268_3347p
- [佳] リリーフ - れつら (2009-02)
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リリーフ
れつら