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作品 - 20090210_128_3333p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


マリエロの海

  ミドリ


牛乳ベースのスープにレチェが入った鍋に 
菜箸でつまんだカモノハシを一切れずつ入れる

黒いショールを纏い
髪をぞんざいにまとめたデニムのパンツに皮のブーツの女が
カモノハシに続いて鍋の底へ右足から入っていく

女が鍋の中で肩を震わせ
さめざめと泣いた後 鍋は十分に沸騰し
カモノハシも中までじっくりと煮込まれた

鍋底には
アスファルトで舗装されたばかりの幹線道路が一本通り
グァバ菓子工場へと木箱を作りに行く女の子たちが
郊外へ向かうバスに乗り込んで行く

<それはきっかりと 朝の7時半のことだ>

マリエロの港に
十数名ほどの密出国者のグループが居ると言うので
早朝からぼくらは見に行った
彼らは小さな漁船に乗り込み
かしぐ波間で
祖国に残していく家族や親類や友人たちと手を取り合い
熱く抱擁を交わし
涙を流している

カモノハシとぼくは
波打ち際のテトラポットの縁に腰を掛け
ポテトチップスをゆび先で摘みながら
ハンカチをギュッと握りしめ
そいつを見ていた

その日も
夕刻に近づき
マリエロの繁華街に立ついつもの娼婦たちが 
畑帰りの農夫のニンジンやジャガイモを握りしめ
「遊んでイカナイ?」などと耳元で甘く囁き巡る時間に

牛乳ベースのスープにレチェが入った鍋は
香ばしい薫りをさらにたて
グツグツと煮込まれていく

カモノハシとぼくとが
交互に鍋の蓋を開けて仕上がり具合をみると
わっと湯気がキノコ雲のように広がり
キッチンから見える西の空が茜色に染まる
守るべきものと 愛するべきもの全てを
一望のもとに眺めることができた

<女は煮えきったカモノハシの肉を 菜箸の先っちょでまだ執拗につついている>

ぼくはそいつを眺めながら
葉巻に火を灯し
茜色に染まった西の空の意味について
カモノハシと語り合っている

牛乳ベースのスープにレチェの入った女の手料理が
このマリエロの海のように
全てを穏やかに 受け止めるわけではないことについて

文学極道

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