一、オアシスのバザール
海に面した白い城砦都市で琥珀の破片を買う。
バザールの雑踏に立ち青空へ掲げると
脚が一本欠けた蟻が封ぜられていた。
二、人々が魚を食し、僕が魚を食する
砂漠を背にした街では風が強い。
辿り着いた、壁のない掘っ立ての料理屋。
皿に載る大きな煮魚には縞模様があり、
その肉片を口にすると、砂粒が絶えず混じり込んでくる。
空の、凶悪な青さの、際限なき支配の下で、
じゃりじゃりと
テーブルが光り、死んだ魚が光り、皿もフォークもナイフも、
父の記憶も、みな光る。
みながみな、光る。
砂に沈んだ石造神殿の残骸。
有翼神象の影が、傾いた石柱の上から
光を裂き鋭利に伸びる。
けたたましい猛禽の声。
キイキ・キイ・キイキキキイと鳴く。
黒ずんだケープの客が数人、黙って料理を口に運び、
彼らも僕も切なく飢えた悲しみを、
父殺しの光を、窪んだ目の奧に宿している。
三、命題
始まらないドラマを待つと言うことは、
如何ともし難い恥を持つと言うことだ。
四、僕らが殺してきた者たちと父の帰還
突風がやって来る。目を閉じる。風。露店の軋む音、食器の落ちる音、割れる音。揺れろ。と思う。声に出した。誰も動じない。僕も動じない。ただ乾燥した木片のような手で自分の皿を押さえる。
やがて砂まみれの陽が地平へ落ち、浸潤する薄闇の底、砂のあちこちに光を放つ魂が浮き上がる。鰯の大群が海中を遊弋するかのように、それらが膨大な数に増殖し、風下から尾をふるわせてやって来る。食事を続ける僕らの、手にスプーンやフォークを持ったままの体を、青白い発光体が次々と突き抜け、風の源泉へ向けて通り過ぎる。ひとつひとつの魂が貫通するごとに僕は、それらが持つ漠然とした感情に感染し、喜怒哀楽や恐怖や希望、もっと複雑な昂揚や抑鬱などを、皮膚や肉、骨や臓物で感受している。身に何ものももたらさぬ、しかし、なんと切ない奇跡か。温かい。食べかけの煮魚も、皿の上でわずかに尾を振る。僕らは僕らが生まれるために殺してきた夥しい同胞の、もう輪郭もないような魂に洗われている。「産めよ、増やせよ、地に満てよ」飛び散った言葉のわずかな断片としての僕が、人の魂に研ぎ直された小さなナイフのように、木の椅子の上に置かれ、ただ激しく光線を反射しているのだ。そうだ。
誰もがみな黙って今日の糧を食し続ける。
五、見てきた情景の先へ、見なかった情景の先へ
ホテルのベッドで、琥珀に封入されている蟻を見た。
足の欠けた蟻もまたわずかに発光し、
止まった時間を泳ごうともがく。
すると
数万年前の樹林が雨と光の中で震え揺らめき、
濃厚な甘さが僕を、
前後不覚に包み込む。
僕は剥き出しの孤独に赤く怯えた。
傍らに立つ父の手を固く握り
前方の情景を見る。
蟻の見たものよりも、
遥かに遠い場所に、視線の先端が走る。
「そしてそのまま帰りません。」
最新情報
選出作品
作品 - 20090112_503_3252p
- [佳] 砂漠の魚影(或いは「父のこと」) - 右肩良久 (2009-01)
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砂漠の魚影(或いは「父のこと」)
右肩良久