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作品 - 20081229_337_3231p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


オフィーリア

  黒沢





人に会うのが目的だった。

その日、湧きたつような照り返しのなか、渋谷周辺のデパートの外壁に、オフ
ィーリアのポスターを見かけた。暗い緑を背景にして、よどみに浮かぶ水死人
の似姿。服飾ブランドの意匠らしく、引き伸ばされた絵画のふちに、凝った幾
何学模様のロゴが配置され、このようなものが何の宣伝になるのか、ふいの日
陰へ迷い込むような感覚がした。

数日のち、四ツ谷を経由して銀座へいそぐ。
位置が定かでない交叉点をわたるとき、地下へと沈むコンコースの壁いちめん
に、寸分たがわぬ同じデザインか、或いは何かの展示会であったのか、あの死
美人のモチーフを目にした。



以前のこと、オフィーリアの図像を探したことがある。

ジョン・エヴァレット・ミレィ、ポール・ドラロージュ、アレキサンドル・カ
ヴァネルなど…。
十九世紀の後半に、偏って幻視されたこれらハムレットの作中人物は、どれも
原作からの逸脱がすくなく、今では時代がかった印象だ。

// オフィーリアは、周りのきんぽうげ、いら草、ひな菊、シランなどを集め
て花環をつくり、その花の冠をしだれた枝にかけようとして、枝は運わるく折
れ、花環もろとも流れの上に。すそが拡がり、まるで人魚のように川面の上を
ただよいながら、祈りの歌を口ずさんでいた。//(福田恒存・訳)



空港に着いたとき、いつものように携帯電話が鳴り、受け取ったメモに誘引さ
れるままリンクをたどる。発信者は知人。メモを送り返すと、アポイントメン
トについての話題は次第になおざりとなり、閲覧したテートギャラリーのサイ
トから、仄白いオフィーリアの消息、回路を越えてなお止むことのない、デー
タを呼びだし反芻していた。

広場でラジオが鳴っている。何かの演説のような、お笑いタレントのがなり声
が聞こえる。



霧のような雨がふり始め、いき過ぎる自動車は粒だった水滴に、精確に濡らさ
れている。昼間なのに、ヘッドライトが灯され、細かい連続のすじが、蚊柱の
ようにうごくのが分かる。

世界は、雨だ。
水のような粒子の乱れだ。

成田から虎の門、霞が関周辺、神田からまた恵比寿へ。
とある駅前の広場には、ラジオではなく、巨大な吊り上げテレビジョンがある。

埃っぽい広告画面に、ニュー・リリースの音楽映像がさし込まれ、楽曲は扇情
的であったり、予定調和的であったりして、プロモーションビデオは人びとの
群れの真うえで炎上し、あまたの信号を増幅してよこす。何かがはしる。記憶
は圧し返されていく。白濁した光の揺れ戻しのようなものが挿入され、画面の
枠を、撹拌し続けるひび割れしたサ行の爆音は、べつの意匠へと置き換えられ
ている。雨は小ぶりになる。いずれそれらは止む。

眠りや待望は、縁どりされた吐しゃ物のようなもので、この街も、いま見えて
いる火祭りに似た人びとの行列、都市計画も考えぬかれた商業広告も、オフィ
ーリア、お前のむごさには敵わない。



待ち人がきて、またも話題をなわ抜けしていく。ティー・カップがうち鳴らさ
れ、ロゴスではなくもっと直接的なものを、掘削機のようなものをと議論をか
さねた。ウェイターは歩きさり、違法建築めいた明るい陽光を通して、電飾の
消えた東京タワーの立像が見えてくる。

それでは明日は、歴史の一回性について。



倦怠といっては違う。
たぶん、それは異化され過ぎている。凡例をくみ替え、配列された用語たちが
ふいに、想定していなかったそれぞれの怨嗟や、声の不在を突きつけてくるこ
と。

// 暗く
淵になった川の表

半ば
くちを閉ざし
いろ味のない唇は前後の緑を映すようで
半ば
うわ向いた瞳から
出てくるはずのない言葉をとどめ

水死体は流れていく//

オフィーリア、意味を聞かせてほしい。
斜面の上手には、勿忘草が咲き、下手のくぼ地には、野薔薇やミソハギの群生。
きみが嬰児さながら手くびをひらく、闇のような日陰には、すみれ、芥子、バ
ンジー、撫子などが、かつて花環だった余韻を残し、柔らかく、ときに気がか
りな生々しさで、水を吸いつつ裏むけられていく。



韻律になったその希薄さ、親密で疾しげなふる舞い。時代がかった濃紺のドレ
スと、未知の職人のパッチワーク。終わりなき腐敗…。

私の揺らぎ、オフィーリアよ。

文学極道

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