#目次

最新情報


選出作品

作品 - 20081114_537_3150p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


舵取りの神

  殿岡秀秋

浮きもすれば
沈みもする
家は
波に乗る
船ではないか

カミサマ
またの名を
オカミサン
のからだを甲板で
マッサージする
恐れ多いから
肌には触れずに
電動マッサージ機で
パジャマの上から振動を与える
朝起きたときと
夜寝るときに行うのが
ぼくの勤めである

カミサマは気持がいいと
猫みたいに喉をならして
四肢を伸ばす
ぼくの役目は
言葉のいらない時を作ることだ

「何をやらせても駄目ね」
と言われても
口が動くだけ元気であると
観察する気持でいる

しかし甲板にロープを張り
洗濯物を吊るしたのに
干し方が悪いと言われると
ぼくの砲口が開く
「そんなに言うなら見本を示せ」

親の悪口をいわれると
神経の瘡蓋が剥がされ
塩水を塗りこまれる痛みとともに
ぼくの顔が歪む

長い航海
逃げ場のない船の中
針の鱗を持つ言葉は
牙のある口となって還ってくるから
ぼくは気持を裏返さないで
凪いだ空を見る

漁に出る船と同じで
家の床下には魔物が棲む
舵取りと船乗りの息が合わないと
座礁する

舵取りに言われるままに
甲板で働いていると
いつのまにか
帆がふくらみ
海の風をはらんで
家という船は大海原を進んでいく

人使いは荒いが
いつもぼくの隣にいる
カミサマは
舵取りの名人である

文学極道

Copyright © BUNGAKU GOKUDOU. All rights reserved.