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作品 - 20081101_253_3122p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


P・S ジャスミン

  ミドリ



ある晩のことです。リビングの戸がすっと開くと、一匹の猫がわたくしの顔をじっと見てこう言うのです。
「貴方、おやすみなさい・・・」

カーニバルは終わったばかりでした。家々の窓や露台に人々がひしめき合い、町を騒々しく染め上げたお祭り騒ぎも終わり、樹蔭の多いわたくしのアパートメントの建つ通りも閑散とし、少し虚しく思っていた夜でした。

猫は扉をパチンと閉めると楚々とにじり寄り、わたくしの肩にもたれ掛かりこう言うのです。
「旦那様、寂しい夜ですね」

よくよく見ると、猫は上半身裸でスカートを一枚穿くのみ、肉付きの良いムッチリとしたフルーツのような艶やかな肌を寄せ。
「旦那様は罪を犯すのが怖いのかしら?」と、小指を絡ませてくるのです。
わたくしは少し疲れをおぼえ。読んでいた本をパンと閉じると、猫の耳元で囁きました。
「君は誰だい?」
猫は目をパチクリとさせ、しじまに流れる沈黙の重さに耐えるように目を閉じ、わたくしの背にノシっと頬をあずけるのでした。

わたくしは猫を摘み上げると窓の外に投げ捨てました。

そしてガン!と窓ガラスを閉じると、パチンと鍵を閉め、やれやれした気持ちになりました。

そうです。あれはちょうど3年前のあの夜のことです。町に行き倒れの猫がいると大騒ぎになり、地元の新聞は一面の大見出しでそのことを報じました。
わたくしは翌日、電車の中でその記事を読みました。

猫はアンダルシア出身の修道院の娘で、名はジャスミンと言い、ジプシーだったそうです。

昨晩、寝つけずにわたくしは部屋を出て、通りを眺めながら煙草を吹かしておりました。立木にもたれ、向かいに建つ花屋の真紅の薔薇を見つめていたのです。
いつ果てるかしれない長い夜になるな、そう思ったことを憶えています。

ふと気づくとあの猫が薔薇の花束を抱えこちらにやってくるのが見えました。わたくしを見て、震える手つきで猫はその薔薇の花束をわたくしに差し出しました。

人影のない通りトハープの町、月が雲に隠れ真白な猫の顔はよく見えませんでしたが、わたくしは花束と一緒に彼女の体をヒシと抱きしめていたのです。
そう、ジャスミンを。

そこから先のことはわたくしの口からは申し上げることはできません。
ジャスミンは元気でしょうか?
せめてこの手紙だけでも彼女に届けて下さい。

P・S ジャスミン。もう、間違ったりはしないから。

文学極道

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