新宿の交差点で女をスカウトして
その女の彼氏に殴られた
その僅か数秒の焦燥
走馬灯の一歩手前
格好悪くてもバカにされても生きていけばいい
そんな声が聞こえた
誰に向けて
自分にか
自分にだ
その声と同時に左頬に硬いシルバーの指輪付きのコブシがめり込む
奥歯が内側の頬に突き刺さる
でも大切なものを無くしたらどうやって生きればいい
さっきの声に心で反論した刹那
立っていた自分が地面から浮いて放り投げられる
柔道家か
もっと高校の時に柔道の授業出ていれば良かったと後悔する
意識は過去に飛ぶ
家を出ていく母
幼い頭で説得しきれず泣き叫ぶ子供
背中を向けたままの父
脳みそが焼き切れるくらいに引き止めようとしたあの時の思い
今は
無い
去っていくカップルを倒れこみながら見つめる
もう一度
ゆっくりと倒れて
早くなる
うぅぅぅん、
と
前のめりで
目の前のアスファルトに倒れこむ
鼻に火薬詰められ爆ぜる
火花が耳穴から
こめかみから
溢れだし
その光は額の中心を貫通する
一人
一人で起き上がる前に道路の石を眺めた
それは二つの石が支えあっていて
なんだか人の形をしていた
後ろで立てよと背中を押してるみたいに見えた
前の石は偉そうだな
でも
この感情が溢れ出したら
また昔のように
みんなが寝静まる時に起きている羽目になる
都会に住めば住むほど
いつ眠ればいいのか分からなくなる
絶えず街には人がいるのに
金払うわけでもないし
ましてや金貰えるわけじゃないから
こうして無様にしていても
周りの靴は乾いた音で
かつかつかつかつ
行っちまう
暫くして鼓動の音が明確に左頬に響き
熱く痛い現実がやって来る
意識を体に戻し
立ち上がって赤い唾を吐く
その時に
もう一度あの声が聞こえた
格好悪くてもバカにされても生きていけばいい
そうだ
あの声は父だ
後ろ向きで背中の曲がった父の声だ
母に見捨てられた父が上京時に告げた言葉だ
格好悪くてもバカにされても生きていけばいい
確かに
まだ
俺はここにいる
見上げると
高いビルから
不平等な形の人が見える
それはすぐにネオンの光に反射して消えた
クラクションが鳴る
もう信号は変わっている
わかってる
わかってるよ
歩くよ
だから急かそうとクラクションを押すな押すな解ったから押すなちくしょう押すなクソ野郎うるせえ押すな
押すなクソ野郎っ!
とうりゃんせが鳴る
広い横断歩道を
前を向きながらみんな歩いている
クラクション鳴らした車に怒鳴り
乗っていたヤクザにまた殴られて
とうりゃんせが鳴る信号の柱の横で
倒れたまま見ていた
今日の女はみんな同じ顔をしてる
収穫無いまま
そのまま薬屋に行き
個室ビデオに入って
男臭いソファーに座り
電源オフのテレビの画面で腫れた顔の痣を見て
シップを貼ってそのまま寝た
スカウトは顔が命だ
選出作品
作品 - 20081013_979_3082p
- [優] gloom - 5or6 (2008-10)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
gloom
5or6