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作品 - 20080922_588_3035p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


わたしが歩いていく

  鈴屋


電柱が並んで立っているのはわかっている
灰色の円筒形を給水塔とよぶこともわかっている
ガードの上をいずれ電車が通ることもわかっている
そこまではわかって、そのあとがよくわからない
見えているのに、だ
 
風景のなにもかもがよく見えている
よく見えてはいるが金属的に光っている 
金属の平たいピースを嵌めこんだようだ
そのひとつひとつが独自に光っていて
それらを何々と名指すことができない
そのことについては
ふむふむと頷きながら事実としてわかっている
  
女の部屋に向かっている 
別れてくれ、と云われるのはわかっているし
それはそれでかまわないし
好都合だとも云える
未練がないわけではない、とも云える

彼女の像はすぐ思い浮かぶ
へんなものだ
それが女の肉体であるというのはすぐわかる

歩きながら
壁、とか、電線、とか、反射、とか
瞬間的にそんなふうにわかることはたまにはある
梅澤眼科、とか、漢字が読めてしまうこともごくたまにはある

目のまえのなにもかもがよく見えている
なにもかもがよく見えているとき
おもいだす昨日が無いのがわかり
自分が他人だ、ということがつくづくわかり
歩いていくが
なにひとつ名指せない

文学極道

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