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作品 - 20080915_497_3026p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


四角い朝

  はらだまさる

あおい海とあかい空を かけ算したものを 拳でかち割ったような 朝 その割れた朝の 何とか云う罅割れから ヒステリックなぽえむが 次々と飛び出して ああ そうだった ひろがれ 勇敢なる俺の 愛 粉々に愛 ラヴリー般若波羅蜜多心経 観自在菩サツギョウジンハンニャハラミッタジ――と適当に仏々念じる、ネンジルと ぽえむたちがよだれを垂らしながら びくびくと痙攣を起こし ヨジレル 俺は 巨大な便器のあおい海に 柔らかい水牛を 二三匹落としてやった そいつらは ぽえぽえ と泳いで 激流にのまれていく カモメがないている 座礁した漁船 トビウオの群れがキラキラとかがやいて飛んでゆく ああ そうだった バリ島土産の酒 アラックだ アラックで酩酊して ケチャを聴く ケチャチャケチャチャチャ 百人を超える男たちの ケチャ 二日酔いで浴びるぽえむは ケチャ 最低だ 機嫌の悪い朝 間抜けなぽえむは突然 電話してくる 俺は金儲けを怠らないから 早速 ケチャ 駅で会うことになった 見ず知らずのぽえむだから チャ どんな出で立ちか聞くと 六十間近にもなって「色白の好青年です」だとよ 洒落のつもりなのか ケチャ 正真正銘のアホなのか「ああ そう」とだけ チャチャ 返しておいてやった くらくらする俺は 幼馴染みのぽえむを裏返して キスをしようとした ああ そうだった こいつ 昨日死んだんだ ッチャッチャ

ベッドルームで育児休暇中の現代詩があたらしい旅をしていた 育児休業基本給付金と育児休業者職場復帰給付金の イクジキュウギョウキホンキュウフキントイクジキュウギョウシャショクバフッキキュウフキンの支給を受けることができるのは 実際は出世に影響しないぽえむだけよ バカな現代詩 ほら 勇気を出してそのドアを開ければ どこにだって行けるのよ 彼が飼い慣らしている金属の猫が 死神みたいなあほ面で ゴウゴウといびきをかいてるすぐそばの BOSEの中古スピーカーから ボーナス・トラックが積載量をオーバー気味に左折して 横転しながら点滅する信号機にぶつかっちゃって クラクションがずっと鳴りやまないの 世界がバイヴみたいに振動して ぞくぞくするわ 死神のポケットからしろい虫がいっぱい浮かんで 舌をだして笑っている 現代詩はアジアの小娘たちが黒人にぶち込まれてる写真集を舐めながら コカ・コーラ飲んでチンコを弄くっているんだけど ぽえむが パッションピンクのぽえむが エルムの木のうえで助けを求めてるの 怪しいでしょ? あいつらの目は どうも信用出来ないのよね そしたら漢詩が ディック・リーの歌を歌いながら酔っ払って遊びにきたってわけ 現代詩はチンコを収縮させつつ 遠くを眺めてニヤニヤしながら ひとりでブツブツ言ってるし 私 大好物のチーズケーキ食べながら火照ってたの 古代湖みたいに もうずっと前からそうだったの バカな現代詩 私を一人ぼっちにした罰よ 憲法第25条第1項の生存権には「すべての国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する」ってかかれてあるの 知ってる? SEXのない生活なんて不健康そのものよ

大津の夕焼け空がやけに低い日 大嫌いな全国チェーンの中華料理屋へ食べに行く ソーハンイー コーテーリャンガー 歯に詰まる 葱が漢詩の歯に詰まる 詰まったまま 六杯目のなまぬるい焼酎を飲み干し 世界中の幸せに向かってゲップする 黒いパッケージのアル・カポネに火をつけ 使い古した炒め油の匂いと 大蒜と 葱と ドイツ葉巻のけむりが 漢詩を男にしてゆく 素人童貞のまま 死ねる訳がないじゃないか ああぽえむ抱きたい 恐怖で硬直したぽえむの 乳房のうえに埋没したい 漢詩はぐらぐらになった前歯を 指で引き抜いた その痛みで顔が歪むが 餃子工場を辞めさせられた 悔しさと怒りで 徐々に笑いがこみ上げてくる いっひひ 来週の頭には 職安まで失業保険の申請に行かなきゃなんねぇよ ああぽえむ抱きたい そうだ現代詩に金を工面してもらおう アイツはドラッグの密売で――あの金属製の猫め!うまくやりやがるぜ――そうとう懐が温もってるらしいからな ああぽえむ抱きたい ああぽえむ抱きたい ああぽえむ抱きたい【回首五十有余年 人間是非一夢中 山房五月黄梅雨 半夜蕭蕭灑虚窓】*1 良寛はこう謂うが 俺だって 良いことのひとつやふたつ 経験したっていいじゃんか なんでアイツだけが なんでアイツだけが 全てを手に入れることが出来るんだ 現代詩の女がいいなぁ アイツがいい ジーザス アッラー ゴータマ・ブッダ 誰でもいい 残りの人生 全て捧げるから これから犯す罪を許しておくれ

・・い ・前ら・何し・る 俺・目は まだ黒・ぜ そ・つは・・のプ・シーだ/へへへ うるせーバカ 今が一番いいとこなんだ なぁ Mrs.ぽえむ 気持ちいいだろ? 【ビッグライト】*2要らずの 俺の自慢の【黒星】*3はどうだい? 刺青入りだぜ はぁはぁ・・・うっうっうっ・・・/・前 死・た・のかぁ?/・・・うっうっうっうっ・・・イ・イグっ! ■×※◎△!!(同時に甲高い銃声が響く)・・・・

ひと仕事終えて バリ島のウブド北部にある フォーシーズンズ・リゾートで ハネを伸ばして帰国した後 【トレインスポッティング】*4のレントンよろしく いい気分で やわらかい床に深々とめり込んでいた俺は 強烈な殺気を感じて目を覚ましたんだ おいおい またかよ 現代詩君 お前の その計画性のなさには うんざりだぜ えらいこっちゃ ぽえむちゃんが死んでるよ ほとぼりが冷めるまで また旅に出るからな 勝手にしやがれ こんちくしょうめ また 近代詩に怒鳴られるぞ

30口径のちいさな穴から飛び出した弾丸は 漢詩の左腕をかすめ ぽえむの腹部を貫通した その場に居合わせた三人と一匹の 時間が止まる 現代詩の左手に握られた中国製の54式拳銃から硝煙が漂い その目はギラギラと輝き ぽえむの流す血で 赤黒く汚れてゆくシーツを じっと眺めている 漢詩は腰を抜かしたのだろうか ぽえむから【黒星】を引き抜くと がたがたと震えながら床に座り込んで 立ち上がることが出来ないでいる 動物的勘で 身の危険を感じたのか 二日振りに目覚めたヘロイン中毒の金属猫は すぐさまポケットから【通り抜けフープ】*5を取り出して 部屋から逃げ出し それを見て我に返った漢詩も 四つ足で這うように 恐怖に逆立った弁髪を フープの輪にひっかけながら いそいそとくぐり抜けて出ていった 近代詩がいれば こんな惨事には至らなかったはずだが 百年前に彼が一念発起して立ち上げた教育事業は ここ数年で 大きく見直され すばらしい業績をあげることとなり その代表として日本ユニセフ協会大使に任命されるほど 多忙を極めていたのだ

死んだ幼馴染みのぽえむと 俺が並んで シンガポールの まあたらしい飛行機を見上げ 下品な言葉を 当然のように排泄する 放散虫の誕生と 散文するペニスの いかがわしい音楽を てめえのケツの穴で比較してみろ と 偉大なる殺人者が 脳味噌に蛆の湧いた学者や政治家 文化人どもを天井から吊るし 素粒子物理学と 遺伝子工学と 哲学と 文化人類学と フランス現代思想と アニメと あと何とかとかんとかが 腰砕けの摩擦熱で 結合するまで お前らは脅える河となり 泥岩 砂岩 花崗岩なんぞを運んで 硝酸イオン 亜硝酸イオン 一酸化窒素を死ぬまで運んで とにかく死んでくれ 是が非でも 死んでくれ ああ そうだった 勇敢なる俺の 畑を耕すんだ この女が好きな 薩摩芋と 茄子と オクラと 西瓜を栽培するんだ おい アンパンマン 何とかしろよ 庭先の葱に 如雨露に貯めた ぽえむの血を 注ぎながら 俺は昇ったばかりの太陽に 消えゆく飛行機雲を 眺め 四角い朝に 唾を吐いた




脚注
*1・・・良寛(1758年11月2日〜1831年2月18日)の七言絶句。

『半夜』良寛

回首五十有余年
人間是非一夢中
山房五月黄梅雨
半夜蕭蕭灑虚窓

〈書き下し文〉

『半夜』(はんや)良寛(りょうかん)

首(こうべ)を回(めぐ)らせば五十(ごじゅう)有余年(ゆうよねん)
人間(にんげん)の是非(ぜひ)は一夢(いちむ)の中(うち)
山房(さんぼう)五月(ごげつ)黄梅(こうばい)の雨(あめ)
半夜(はんや)蕭蕭(しょうしょう)虚窓(きょそう)に灑(そそ)ぐ

〈通解〉

思い返せば、自分の生涯も五十余年過ぎ、この世の良いこと悪いことの出来事は一つの夢のようにしか感じられない。この山の庵に五月の梅雨がしとしと降りしきり、真夜中に自分しかいない部屋の窓をしとしと濡らしている。

http://www.saitama-u.ac.jp/kanshi/<無断参照>


*2・・・漫画『ドラえもん』に登場する拡大ビームで物体を拡大する懐中電灯を模した架空の道具。

*3・・・軍用自動拳銃『トカレフTT-33』とそのライセンス品、コピー品の俗称。グリップの色と星のマークから『黒星(こくせい)』と呼ばれる。

*4・・・『Trainspotting』1996年イギリスで制作されたダニー・ボイル監督の映画。

*5・・・漫画『ドラえもん』に登場する架空の道具。形状はフラフープで壁やドアに設置すると、その向こう側へ抜けられる。

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