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作品 - 20080904_265_3002p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


喪失の仮面

  四宮

しめった風が頬をなでるのをやめ、
埃のような雲霧が二人の呼吸を失わせていく
白くかすんだ記憶の中で
街灯だけは飴玉のように赤く潤んでいたが
  
  私はそこにいるはずなのか
  そうでなければいけないのか 
                 
前面に立ちふさがった君
が手向けた傘は、小刻みに震えている
君は何か言ったのかもしれない
今も
むかしも
誰かを待ち続けていた肩は少し濡れ
ヒヨドリの甲高いさえずりが
響いていた、という概念だけの残存
そういうサイレンス

  名前を呼ぶのは
  そこにいる証拠なんて何もないからなのに         

寒くないよ、そう言いながらも
思わず両腕を抱いていたら、
記憶にはない君、の体が触れてきて
硬く結んでいた腕がいつの間にか、ふり解かれている
生きていると感じるのは
つなぎ目がないと分かった時

  ねえ、君
  過去の概念もない、未来が食い込んだ今も
  全て超えて、
  仮面を外さずに私は、見えない部分の表情だけが
  いつも変わるのを知っている

錆びた青い鳥籠が店の窓辺に飾ってあって
灰色の羽毛は細かくうねりながら、啼いている
捨て去る事の出来なかった名残だけが
たまっていき、薄汚れていた

  仮面の上だけに私はいると思っていた
  移り変わる事しか知らない過去を、
  私だというならば
  私はもうどこにもいない

ぼんやりと雲の中に日が籠り、
足下を薄い影たちが通り抜けていった
波状をなして飛ぶ鳥たちは
壊れた電燈をこえて、記憶の幻影が
瞳の中を悪戯しているようで

  誰かを愛すれば、他の人は愛していない

  たったそれだけの分類に、
  言葉を奪いとられた

こんな沈黙はいつも、雨あがりの小路で
君とこうやって手を握り合っている時
手と手の隙間さえなくて
まるで元から一つのようだから
二人のうち、
どちらかの存在が嘘のような気がする

悲しい表情をしようとして
まったく悲しくないのが分かる
いつも悲しみは泣かない
すべからく私も泣かない
どこまで忘れていくというのか
それすらも分からない

ヒヨドリという名前だけが
私の檻にかろうじて残っていた

文学極道

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