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作品 - 20080826_144_2984p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


給水制限の朝(Mr. チャボ、正義と友情と愛とナントカと)

  Canopus (角田寿星)


雨は降らなかった 猛暑だった
埃っぽい早朝だった
突然のはげしいノックの音に眼をこする
ふあい なんか事件っすかあ 立ち上がりながら
生あくびひとつ 鍵は開いてますよお
次の瞬間 ドアノブが壊れそうな
いきおいで回って

青ざめた怪人サボテン男が顔をのぞかせる
ぼくは背中をぽりぽり掻いている

「どうかたすけてください」
絞り出すように話す怪人サボテン男は
先週の決闘の痕も生々しく
頭と両腕に包帯を巻いてて 首にはカラー
(そうだ 町内ガマンくらべでぼくに負けて倒れた時に
 火鉢に激突しておでん鍋に腕を突っ込んだんだっけ)
両眼もまだ渦巻き模様のまんまだ

フラワー団の怪人たちは花の改造人間だから
水だけでもしばらく生きられる
ところが折からの水不足で
総統以下 怪人たちに甚大なダメージが
「このままではフラワー団が滅びてしまいます
 人助けだと思って どうかおねがいします」
いやいや君たちは怪人で ぼくは正義の味方で

ぐるぐる目玉の半病人サボテン男とともに
釈然としない気持ちのままフラワー団基地へむかう
街はずれからさらに山をひとつ越えて
「花 売ります フラワー団」の
粗末なちいさい看板が立ってる側道を右にはいる
せまい砂利道をぬけると 視界がいっせいに広がり
いちめんの花畑が
つよい陽射しを一身に浴びて

枯れかかっていた

怪人たちはユリ男もヒマワリ男も土気色の顔で
両脚をバケツに突っ込んだままぐったりしてる
眼を閉じている 顔にセミがとまって鳴いている
バケツの水が緑っぽく淀んでいる
総統がいちばんひどい
腕がぐにゃりと萎れて骨が消えている
おっさん おっさん タケのおっさん
人間だった頃の総統の名前をぼくは繰りかえす

「みんなグロッキーで動けるのはぼくだけなんです」
ふらふらと悲しげにつぶやくサボテン男
…戦闘員A氏は? 彼はまだ生身だろ
「A氏は今は電車通勤です 九時には来ますよ」
そうだよね たしかA氏結婚したんだっけ
フラワー団からの招待状に欠席の返信を出したことを思い出す
みじかい祝電を送った ほんとは行きたかったんだ
ほんとだよ

軽トラックを調達してきた戦闘員A氏があらわれる
「チャボさんは大丈夫だったんですね」
と 流れる汗も拭わずにA氏
ああ ぼくは試作品だから おかげでいつも腹ぺこだけど
軽トラの荷台にはポリバケツが山と積まれてて
きっとあちこち駆けずり回ってかき集めたんだろう

「さ ぐずぐずしてられません 行きましょう」
ながい沈黙があって ぼくはうなずく
「はやく 水を」

水源地へ突っ走る軽トラック
運転席に戦闘員A氏 助手席にぼく
「ぐーるぐーる ぐーるぐーる」
荷台ではサボテン男が
ポリバケツの山といっしょに揺れている
「昔を…思い出しますね」
うん… 戦闘員A氏はマスクの下で苦笑い
ぼくは外の景色をながめるふりをする

この後に起きたこと ぼくらがしたことを
ぼくはここに書くことはできない

戦闘員A氏とかたく抱きしめ合って
サボテン男の肩をポンとたたいて
かわいた朝のなかを
無言のまま
家路についた
喉はからからで
セミがみんみん鳴いてて
バイトを休んだ言い訳をあれこれ考えながら

文学極道

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