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作品 - 20080623_965_2854p

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はらり (改)

  ともの

ずり落ちたキャミソールの、白い肩紐を直さない。
ナノの単位の動きさえ鬱陶しい今ならば、
砂利を食んでも眉さえ動かさずして、
泥水を飲んでも吐き出すことはないだろう。
生活時間の表層は、剥落する雲母片岩のようなもので、
行動様式という波状堆積は、はらり、はらりと落ちてゆく。

いなかの山、ひとり頂上を目指したことがあった。
高い木々に囲まれた細い道を、慣れない足取りで進んだ。
中腹に東屋を見つけて腰を掛ければ、
黒い大きな鳥が一羽、頭上を高く飛んでいった。
登りきった山頂には古墳の址があり、複製の埴輪が並ぶ。
そのひとつひとつを丹念に眺め、
戯れに蹴飛ばしてみるが割れはせず、
古代の人への冒涜が、疼痛となって撥ね返る。

この地における他人の不在がよろこびに思える。
大きな円筒形の埴輪に抱きつき、耳を当てて音を聞いた。
埴輪は黙っているばかりで、かわりに鳥が一声あげる。
覆うものは何もない山頂を、太陽がやわらかく炙っている。
拾い上げた石ころをひとつ放り捨てれば、
木の幹に当たり、その葉がはらり、はらりと落ちていった。

そのときわたしは、生への気概を持っておらず、
石棺の中の御仁に一緒に眠らせてくれと乞うたが、返事はなく、
埴輪の横に立ち続けたがそれもまた昼間の夢でしかなく、
あきらめて山を下った。
時に振り返り、山の木々を、山肌を見つめてみた。
ひとり歩く細い道の上で、みたび鳥が姿を見せ、声をあげた。
上滑りする人間の言葉ではない、動物の叫び。
黒い影が山道を、天から隠していた。

あの山の日は、いつのことだったか。
薄暗い部屋の片隅、壁にもたれてじっとしている。
カーテンの向こう、朝のひかりが薄く近づいている。
投げ出した両脚の剥げたペディキュア。
生への気概が、また今ここにない。
読み上げた字が声になって、耳底にまとわりつく。
くさったヘドロのように。

面倒さに目をつぶり、ペットボトルの水を飲む。
しばらく口に含み、おもむろに喉に通す。
飲み込んで首をゆすれば、前髪がはらり、はらりと落ちてくる。

掬い上げた時間がこぼれてゆく。
拾い上げた空間が転がってゆく。
掴めず。
封を切った封筒が、白い紙切れが床に横たわってこちらを見据えている。

文学極道

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