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作品 - 20080623_956_2852p

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あなたの行方(1〜5のうち1・2・3)

  鈴屋

1 広場


五月の透明な日差しには純白のワンピースがよく似合う
あなたはわたしとの約束の場所、広場のとある片隅に佇んでいた

雑踏のなかにわたしを見つけたときの微笑のために口許をととのえ
ビーズのストラップを下げたケイタイを右胸のあたりで握りしめ
ときには舞い立つ鳩のゆくえを追って
ビルの稜線に狭められた青空を仰ぎ見ることもあった
あなたはあなたという少女の見かけほどに幸せであり、あなたからすれば
目のまえの人々の行き交いも同じていどには幸せなはずだった

あなたがぼんやり眺めているおびただしい頭の群れ
メガネ、ピアス、ケイタイ、開いたり閉じたりしている唇
振られる手、つないでいる手、ザラザラ過ぎていく靴の右左
たえまなく吸われ、吐かれる空気
あなたがぼんやり眺めているおびただしい群集、黄色い人種の多彩な休日

その言葉は
あなたではなくあなたの唇の唐突な発見だった
「あなた方を愛さない」
あなたの眸が広場のすべての人々と数羽の鳩、そしてあなた自身をかき消した
  
あなたはどこへ消え去ったのか
いつの日もハンカチを干していたあなたの小さな窓を
わたしが訪れたときにもあなたはいなかった



2 雨期


あなたは雨が降りつづく内陸を旅していた
水漬く草と森、髪と皮膚、ひとすじどこまでも伸びていく道を
ぬかるみも厭わずあなたは歩きつづけた
降る雨が昼も夜もこんなにも銀色に光るものとは
たえず濡れていることがこんなにも清潔なこととは
前方のぬかるみの輝きを見つめ、空を仰ぎ、顔に水の粒を打たせ
歩いていくことがこんなにもすがすがしい所作とは・・・

あなたは自分の肉体の重みを憎んだ
たっぷりとタールを内蔵しているような重みを憎んだ
憎みきって、頭蓋を開き、胸を開き、腹を開き
豪雨に打たせ隅々まできれいに洗い流してしまえば
身は軽くいよいよ旅は快適となり
丘陵の上の雲間の明るみから
草はらの上に淀んでいる巨大な黒雲に至る大空の繊細な諧調
その美しさをこころゆくまで楽しんだ

あなたは丘陵の頂から頂へと伝うひとすじの細い道を歩いていた
霧雨なのか霧なのか
それ自身光の粒を含んでいるかのような
明るい乳白色の大気が眼下から濛々と立ちのぼり、あなたを包んでいた
永い旅の末、疲労はあなたのなにを蝕んだろうか
頬はこけ、眼差しは呆け、先の定かではない道の危うさを気づかうでもなく
ふわりふわりと浮いているような足取りは影も曳かず
消えかかり、やがては消え失せる幻影と化して・・・
だが、あなたは
視界を閉ざし染み入るようにまとわりつく大気の温みのなかで
生きることに深々と染まり満ち溢れ、
やはり歩を進めていった



3 革命


それは蜃気楼のようにも見えた
地平線に長々と横たわる群集の帯

委員会はいつも風が吹きすさぶ大地で開かれた
紙もペンも押さえるより速く
テーゼも戦術も討議も声になるより速く吹き飛ばされ
あなたはあなたでサンバイザーとサングラスとスカートの裾を交互に押さえていなければならなかった
評議会はいつも地平線まで伸びている鉄路の上で開かれた
レールがカツンカツンと鳴りはじめ警笛が聴こえるたびに
あわてて椅子とテーブルを両側に運び出さなければならなかった
通過する車輪の隙間に、なにやら怒鳴っているアジテーターの振りかざす拳が見えたことも
あなたの片方のパンプスが運悪くレールの上に脱げ落ち、轢かれたこともあった

あなたの真摯な眸とキイロスズメバチとママコノシリヌグイの花束が革命に向かった
あなたの尖った剥きだしの乳房とヤマカガシと廃線の電気機関車が革命に向かった
地平線の果てまで落ちている硬いもの柔らかいもの、石や瓦礫や寝具の類
地平線の果てまで立ったり並んだり倒れたりしているもの、電柱や杭や広告塔の類
それらすべてが革命に向かった
あなたは電気機関車のデッキに立ち、それらすべてに向かって叫んだ
「われわれは名もない遍在であること、名もない孤独であること、
名もない日常、名もない事物、名もない死であること
それら名もない集積の名もない革命であること・・・」

文学極道

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