夜がひしゃげてしま もう忘れてしまった
ってぼくは路上のマ 春だったかもしれな
ンホールに耳をあて い きみは花見だと
る真砂から 眠る河 というに桜の幹の黒
川を辿って自転車を さの夜に溶けだす瞬
駆る 月明かりだけ 間にしか興味をしめ
をあてにして一九九 さない あのときも
九年の十月へと旅に たしか自転車がぼく
「世界が五月と十月だけならいいのに」*
一九九九年の十月に たちの唯一の動力だ
行き先など無かった ったから 繰り出し
確定された袋小路の た 五月はどこにも
ために ぼくは好き いなかったが 構わ
な星と嫌いな星をひ ず河の跡をたどれば
とつずつ分けてもら 五月にたどり着くこ
い けれど 月明か ともあるだろうと
りのかわりにと差し 玉川 は所々で ち
出した二つの星をチ ぐはぐに息を吹き返
ルリルとミチュリル すこともあったから
が無言で貪り それ 土管のなかですら
から 八回ずつやっ きみは透明だった
てきたぼくの五月と 散った花びらが水面
十月は全て夜がひし に集い腐臭を放ち始
ゃげていて眠りにつ めても なお透明だ
いた氷川に 復讐さ った 再会しよう
れつづけている いつだかの十月に
二つの星に名をつけたおまえ 集った花びらに吐き気を催し 凝視 靴さきをじっと見つめ続け 擬態した昆虫 が弦楽器を奏でる 幸福な (風はもうどの河からも吹きゃしません) 姿をもたぬものどもですらもはやただの反響する透明な壁ではなく 当然の哀しみ の凝固隊がぞろぞろと這い出し からだを消去せよと おまえとともに 消去せよと 唄いだすなら それをトキオの唄とともに 無数の便所から響く数え唄 の濁り 濁流に からだは巻き込まれる から 濁った河川は五月にも十月にも 支えられて きっかりと計測する測量士に 返してやろう おまえのものはおまえに おれのものはおれに 各人の唄に応じて 返してやろう そしてぽっかりあいた光の穴のなかで 暮らせばよい 月が満ちることに理由があるなら 暮らせばよい 離ればなれになったおれの足の指先も 左耳も 寸胴も ひび割れたイルカと桜の模様の描かれた 木製の黒い指輪も 砂利も 眠りについた河の水面で 揺れ続けているのなら 暮らせばよい その縁で 宛先不明の手紙を 兎や蟹が喰い散らかそうが 暮らせばよい 月面には 孔ぼこがあって そこにうちらの河川が 漂着することもあることを 教えてくれたのは うちらと暮らしたこともある 独りの測量士だったのだから
*岡崎京子『TAKE IT EASY』あとがきより引用
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作品 - 20080603_512_2805p
- [佳] 河川 - DNA (2008-06)
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河川
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