カンガルーはハーバーを見下ろす見晴し台の方へ、身ごなしも軽く入っていった。
海から吹き上がってくる、風のざわめきが聴こえ、ヨットが揺れている。
ハンドブレーキを、ギューイっと、引いた黒猫が車から降りる。
赤いピンヒールの彼女はサングラスを掛け、メンソール入りの細いタバコに
火を点けた。
「そこの道路は、ペンキの塗りなおしが終わったばかりだね」
って、カンガルーは黒猫に言った。
彼女は聞いているのか、いないのか? アンニュイな仕草でロングのおろした髪に、
指を入れた。
カンガルーがこの島に滞在して4日目。太陽は燦々と輝き。
黒猫のマリーはカンガルーをこの海岸に誘った。
レセプションの支払い、飛行機のチケット、食事代。それらを現金で精算する、
カンガルーのポケットは小銭でポッコリと膨らんでいた。
防波堤で区切られたビーチは、いずれの区画もよく似ている。
カンガルーは見晴し台から、砂浜で小ぶりなパラソルの下に座っている、パンダを。
見ていた。
雲間に太陽が隠れつつあった。水着姿の黒人が数名、パンダに近づいた。
上半身裸の男が、拳銃を片手にパンダを小突き始めた。
膝の上の編みかけのセーターを握り締める彼女を、男は拳で何度も、何度も、
パンダを殴打する。
カンガルーは葉巻をポケットから取り出し、眉間に皺を寄せた。
黒猫はカンガルーの胸に寄り添いその光景を見て。赤い唇を尖らし、「酷いわね」って言った。
砂浜に頭からのめりこんだパンダはぐったりとしている。カンガルーは、
黒猫のマリーの肩を抱きすくめ、耳元で囁いた。「寒くないかい?」
マリーは羽織っていたカーディガンをグッと深く肩に引き寄せた、そして。
「ええ、少し風が強いだけよ」って、そう言った。カンガルーの横顔を見上げながら、
・・・少し、風が強いだけなのよ、って。
黒猫のマリーは、カンガルーの胸に頬を深く預けて、そう言った。
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作品 - 20080524_216_2784p
- [佳] カンガルーのポケット - ミドリ (2008-05)
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カンガルーのポケット
ミドリ