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作品 - 20080506_764_2741p

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「 ムーフールー。 」

  PULL.



 夕暮れ近くになってムーフールーが海を見たいと言い出して、海に行くことになった。海辺の街とはいってもこの坂の家からは、海はすこし遠い、なので車で行くことも考えたが、思いなおし、自転車で行くことにした、ひさしぶりに引っぱり出してみた自転車は、やっぱり空気が抜けていて、すかすかのタイヤをぽむぽむしてムーフールーが邪魔をする。
 ムーフールーを脇にどけ、空気入れでしゅかしゅかと空気を入れる。しゅかしゅかするごとにムーフールーはぽっぺたを膨らまし、しゅかしゅかと拗ねる、わたしはそれに構わずもくもくと、さらにしゅかしゅかするのでムーフールーもしゅかしゅかと、膨らんで拗ねる、ぜんぶ入れ終わったころにはムーフールーしゅかしゅかのぱんぱんで、指でつつくと、
「ぷぅう。」
 と息を吐き出してちいさく、もとのおおきさになった。


「ほら行くよ。はやく乗って。」
 戸締まりに手間取るムーフールーに声を掛け、わたしは漕ぎ出す。一歩漕ぐごとに坂を駈け上がってくる海からの風が、わたしをうけとめてくれる、心地よい、潮の香が髪を撫でてゆく、後ろから、鍵を咥えたムーフールーがぽむぽむと追い掛けてきて、カゴに乗る、
「ぽしゅ。」
 一直線に坂を駈け下りる、もう漕ぐ必要はない、ごうごうと風が耳もとで囁いている、食いしん坊のムーフールーがもふもふと頬張り風を食べている、その顔が赤い、夕焼け色に染まっている、
「あれ、見てみなよ。」
 坂の途中で自転車をとめる、カゴから身を乗り出したムーフールーが、
「きゅぅ。」
 と息を飲む。
 街が、夕焼けに燃えている。眼下に広がるものすべてが夕焼けに染まり、その向こうできらきらと波打ち、なお燃える海の上で、おおきく眼を開けた太陽がゆらいでいる、
「じゅっ。」
 太陽が海に触れる、波がひたひたと太陽を舐める、音を立てて冷えてゆく、風がすこしつめたくなり、太陽が、ゆっくりと今日の眼を閉じる、さっきまで夕焼けに燃えていたのが嘘のように、街が暗く、夜の瞼に包まれる、まっ暗の空を見上げムーフールーが低く、喉を鳴らす、
「るぅー。」
 振り返ると坂の上から、わたしたちを見下ろすように月が昇り、ゆるゆると眼を開ける、ぽぅっとした月明かりがあたりを照らし、それを合図にしてぽつぽつと、街に明かりが灯ってゆく、
「るぅーるぅうーぃ。」
 ムーフールーが泣いている、
「るぅーぃ。」
 泣き声が風に乗り、坂の上の月をまあるく撫でて、夜の瞼の向こうに広がってゆく、わたしはムーフールーを抱き上げて、くしゅくしゅしたほっぺたに頬ずりをする。




           了。

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