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作品 - 20080501_633_2732p

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アフリカ

  ポチ

発汗性にとんだ衣類をまとった多くの観光客が、サングラスの奥から黒い太陽を見上げている。私も同じ仕草で彼らの間に入ろうとするが、この慣れない仕草は、私のナショナルなものをすぐさま拒絶する。ガイドからいくつかの質問と注意を受けた後、私の隣人たちはぞろぞろと歩き始める。彼らの列はまさに、断層で、その隙間隙間で私たちの先祖は眠っているのだ。バスの中でも、光をさえぎる―遮られたものが、バスの中に散らばる、それをガイドは摘み上げるようにして、小話をしているが、私の隣人たちは、外ばかりを見て文明間の些細な戯言と、もう忘れ去られてしまった古い記憶を思い出すかのように語りだしているのだ。新聞紙には、見慣れない文字が並び、それらが僕の瞳の上でただただ踊っているだけだが、それが楽しい。時には、空中に舞い、紙面に突っ伏したり、中には、私のほほや唇を引っ張る―これを熱烈な歓迎いや洗礼といわずにして何と言えばいいだろうか―。
 野蛮なものがとても新鮮に食卓並んでいるかのようだ。まるで礼儀作法をしらない子供たちが、待ちきれずに、フォークとナイフを打ち鳴らして、出来事の到来を待っているかのように、激しい日差しは恐らく前菜として、ずっとこの後に続く料理のすべてを決定する。大人と子供の境目を悠々と笑顔で越えていく人たちが、レンズを覗き込んで、一瞬の画家になろうとしているのを見る。一人の隣人が立ち上がり、私に、カメラを渡して、合図をする。合図されたことが、ひとつの出来事として、カメラに刻まれる。僕はカメラの記憶を思い出そうとして、この熱っぽい額に手を当てて、深い深い炭鉱にもぐらなくてはならない。炭鉱からは、昔刻まれた地熱が、古い記憶としてあって、私はそれらにツルハシをつきたてる。黒い鉱石が割れて出てきて、熱が沸き起こる。草原の向こう側からは、知らない人たちの足音が聞こえるが、一向に風景は、私たちの隣人のために用意された何の変哲もない草原で、そこからは、香りがしない。炭鉱では、男たちの大きな声が上がる。大きな見たこともない鉱石を口にくわえた猫が大男たちをよけて逃げ始める。それを追うのはもちろん、あの黒ずんだ顔の男たちに決まっている。
 汗ばんだ者たちが、洗い流されないように、未だバスの陰でうろついているのが見える。うろついたものたちが、私の隣人たちのカメラに滑り込んでいく。押されたシャッターの一音の中で、砕けた顔が広がったまま、微笑んでいるのを注意深く観測する。白くもなく、黄色くもない肌の運転手が、ミラーでそれらを見ている。ミラーに写る顔が、汗ばんでいなかったのは、すでに、運転手が遠くまで走って行ってしまったからだ。私たちは、気づいてはいないがおいてけぼりを食らったのさ。私の隣人たちはそれに気づかない。何度も、何度もシャッターを押し続けている。ガイドは盛んに、いくつかの指示を出す。持ち寄られたものが、塊となって、謀っている。謀られた者たちが、汗ばんで、突然、口を閉じればすぐさま汗は消えてなくなり、頭上からは、ザングラス越しの黒い太陽のみが残る。黒点の一つ一つを背負った蟻が、私たちの世界に汗を運んでくるのだが、これは、未だ科学の世界では一切語られてはいない。僕が、夢遊病だった頃、アフリカの大地は、水浸しだったというのに、今では、スイスの酪農家が羊を放牧させながら、アフリカでアルプス山脈を見上げている。もちろん、そこで、羊たちは、また猫に追われるのさ。僕のイメージがアフリカを壊して作り直す。それは、まさに土砂降りの雨だ。雨の中を、魚たちが泳いでいる。ここは、一端の魚市場となって、多くの人たちで賑わい始めるが、私の隣人たちはそこまでは来れない。僕は飽き飽きしているのさ、自分の空想に。
 海を見たことがない女の子について僕がいえることといえば、海がないのなら、作ってしまえばいいということにしかすぎない。なんでもいいよ。そこの辺のケーキでも作るボールに水を浮かべて、手をつければいい。そうすれば、そこにはもう海があることぐらい、まるで、隣の部屋から、知らない女性の友人が現れて、君と私は昔背中合わせだったんだよ、と語りだすだけで、月面に水が沸くのさ。それをアポロは汲むことを忘れたから、いまだに、宇宙船を送っている寸法さ。さて、そろそろ、僕の空想の、頭の中の本を閉じよう。実はまだまだ、多くの本があって、それらは誰にも語っていないけれども、僕は何度もいうように、自分の空想に飽きているのさ。
 昨日、友人に手紙を出した。赤いポストの奥に手を差し込むと、少し汗ばんだ。きっと、それは僕がアフリカに少しだけ触れたからに過ぎない。

 

文学極道

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