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作品 - 20080501_629_2731p

  • [優]  喝采 - 泉ムジ  (2008-05)

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


喝采

  泉ムジ

厚化粧して妻が出ていった部屋の
壁の染みに 息子が
「パパ、パパ、」と呼びかける
染みは人面に見えないこともなく
それが楽しいみたいだから放っておく
よく見れば
その染みは潰れた林檎に見えないこともない
俺はちゃぶ台に置いたMacを起動させ
書きかけの詩に着手する

延髄あたりに咬みつく黒蟻を
丹念に潰して
体液のついた指先をくちびるにあてると
空腹を刺激する 甘酸っぱさに
俺は 表面の乾いた林檎を一口齧り咀嚼して
詰まる気道から真っ赤な汁を吐き戻し
零れ落ちる断片もまた鮮やかに赤い
畳の上をみるみる広がっていく血溜まりに
集る 黒蟻の 背中が破け 内側から
立ち上がり 一斉に手を打ち鳴らしはじめる

夕暮れの 肉厚な手のひらに包まれて
気づけば俺はまどろんでいた
固まったあぐらを解くと
尻から垂れた汗が畳に染みて 気持ちわるい
化粧を落として 帰宅した妻が
丸善、というスーパーで買ってきた
林檎を 手渡された息子が
小走りにパパへと持っていく
息子を撫でるパパは俺に見えないこともない

家族が 互いを歓びあう
団欒の部屋に
ぽつんと佇んでいた影が緩慢に這って
林檎に齧りつく 甘酸っぱさに
俺は 延髄あたりから裂けることを望むが
既に家族は揃ってしまっているから
二人目のパパなど歓迎しないだろうとも思う
やがて 背中が血にまみれながら開き
喉の 奥から 絞り出した 産声に
笑顔の家族が 一斉に祝福の拍手をはじめる

文学極道

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