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作品 - 20080424_411_2713p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


本当の蝶はこの世に四匹しかいない

  右肩良久


 僕が郵便局から振り込みを終えて出てくると
 コンビニの前で中年の黒衣僧が三人、立ち話をしていた
 三人はみな妻帯者で
 一人は草刈り機の事故で右足の小指を失い
 一人はヘッジファンドへ投資して資産を倍増させ
 一人は幼女へ性的暴行を働いていたが今は改心している
 赤すぎる唇が三つ、蝶が羽ばたくように動く

 僕が今から四年後に
 吐き戻したカツ丼の飯粒の中に顔を突っ込んで死に
 翌朝隣人に発見されることを知っているのは
 この三人だけで、僕もそのことは知らないが
 彼らが話題にしているのはそんなことではない
 胃液の、少し酸っぱい匂いは漂うものの

 彼らの横に燦然と桜の裸木が立つ

 「私らの生得のイメージの中には、
  完き紺碧というものがありますよね」
 「それそれ。もの凄い流れが
  髪の芯まで染めるほどの冷たさで」
 「阿弥陀浄土はいわば角張った玄武岩の欠片だから、
  紺碧の奔流から眼を開いたまま拾い上げなきゃな」

 この世は僕の知らない秘密で充ち満ちている
 やがて三人は西友の前にある地下鉄入り口の階段を降りていった
 僕は誰にも告げられない悲しみに縛られたまま
 背中に広大な面積の翅を開く
 言葉にならない呟きで唇が震えるように
 二枚の翅が少しづつ動き始め
 やがて大きな開閉を繰り返し始めると
 僕の足は徐々に透水舗装の歩道を離れようとする
 翅の下を、吹きこぼれた悲しみが煽られて対流し
 圧力差が不安定ながら徐々に浮力を産み出すのだ

 誰の心の中にも完き紺碧というものはある
 遥かに離れてみると、そもそも地球が紺碧の真球なのだから
 そう思ってみても僕にできることは
 きつく目を閉じてみる、ということ。それだけだ

 なぜだろう、それは?
 ふと気を抜くと、つい
 この詩を読んでしまったあなたに問おうとしてしまう
 そんな破滅的な展開があっていいはずはない
 それでは僕は涙すら流すことができなくなる
 そうではないか?

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文学極道

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