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作品 - 20080417_320_2706p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


ギニョール

  

 星が点在する夜空の下、僕は巨大なテントの中へ入っていった。この星にはまともな人間は僕しかいなく、テントの中に組まれた劇場の中にも、僕以外誰もいなかった。僕はその為か、入場料を払うのを忘れて、入り口のカウンターに戻ると、「入場料は無料です。ですが、催しが終わった後に、あなたの中の何かが失われると思いますよ。それが入場料の代わりです」と羊皮紙には書かれていた。
 劇場の椅子に座ってじっとしていると、突然暗くなって、ぱっと舞台の中央にスポットライトが暗闇を切り抜いて奇妙なメイクを施したメタボリック症候群の中年男性を照らし出した。「いらっしゃいませ。私がこの劇場の支配人です。此処では、貴方の望み通りのものを観ることができます。宇宙がホクロのように見えるこの惑星にはもうずっと前から居座っていますが、お客様は貴方が初めてです。見たところ、貴方は世界旅行者のようですね。さて、何をご覧になられますか?」僕は突然そんなことを言われたので頭が真っ白になって戸惑っていたが、支配人は僕の心を見透かすように不気味に微笑み、「分かりました。たった今ご用意させて頂きます」と言って、指を鳴らすと彼に当たっていた照明が消えて、静寂が訪れた。
 その瞬間に、今度は三つの照明がステージ上に点り、最近視力の悪くなった目を懲らして見てみると、白いワンピースを着た君が立っていて、僕の鼻腔に君の肌と照明の熱と渦巻く空間の幻臭を感じた。僕は衝動的にステージに上がり、君を抱き締めた。
「私、貴方にずっとずっと会いたかったのよ」
 僕もだよ、と込み上げてくる涙を我慢せずに流し、更に強く抱き締めた。君も涙を流しているようで、大きな泣き声で、?僕の台本通りのセリフ?を延々と喋り続けた。それは存在しないはずの観客達を魅了した。良い雰囲気を壊すように、支配人が、観客席で手を叩いた。僕が支配人に振り向き返ると、「いいですよ、いいですよ、その調子」と彼は不気味な笑みを零して劇の進行を促した。
 暫く、あたかも本当に役を演じて第三者に見られているようにこの空間の隅にまで響き渡るように声を大にして感情を吐露していたけれど、何も喋る事が無くなり君をじっと見下ろしていると、君は同じように僕を見上げ、僕の次の一声が出るまで沈黙した。僕は先程のように再び戸惑い、頭の中を整理していると、支配人が「おい、どうしたんだ! 早く?劇?を続けろ!」と突然性格を豹変させて、野次を飛ばした。支配人は、既に観客の一人と化していた。僕はそのことにびっくりしたが、ずいぶん間を置いて、感情を何の変換も無しに言葉にして、「死んだ君といつまでも一緒にいたい…」と支配人を見返すように、大きな涙声を観客席に届かせるようにセリフを発した。
 しかし、君は無言で首を振った。そして、静かに背伸びをすると、僕の唇にキスをして、キラキラと輝いて消えていった。その瞬間、スポットライトが消えた。
 再びステージ上にスポットライトが点くと、僕は元の客席に座っていた。照明の下には支配人がいて、僕は拍手をすると、彼は丁重にお辞儀をした。「ご観覧、有り難うございました。確かに貴方の中の、?恋人の死による喪失感?は頂きました。またのご来場をお待ちしております」と言った。僕はテントの外に出て、船に乗り込み、この星を立った。

文学極道

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