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作品 - 20071208_101_2495p

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


生還者たち(マリーノ超特急)

  Canopus(角田寿星)

そんなの嘘よ と
ベッドに腰かけた少女は私の目の前で若草色のワンピースを腰までたくし上げ
秘所を露わにする。不釣り合いな厚手のストッキングを躊躇なく下ろしそして
両大腿に咬み合わさった品質の悪そうな義足を優雅にはずした。

少女はシャツでも脱ぐようにワンピースをもどかしげにさらにたくし上げる。
下着をつけていない。少女の腹部と乳房と犬のような乳首。海辺の寒村にはめ
ずらしいほどの白い肌がまぶしく窓辺の光をうけて揺れている。少女の栗色の
ながい髪が脱いだワンピースに引っかかり跳ね上がり
しずかになる。
あなたの服を脱ぐのを手伝えなくてごめんね。少女は半分ほどしかない白い大
腿をほぼ一直線にひらいたまま恥ずかしそうにささやいた。


崖のうえの孤立したこの小屋が村でただ一つの宿である と
崩れそうな岩場を登りながら案内人代わりの男が私に教えてくれた。聞くとこ
ろでは少女は五年前に海辺で全裸のまま倒れていた。誘拐でもされたのだろう
まだ幼いその少女の体にははっきりと乱暴された痕跡がありそして
両大腿がばっさりと切り落とされていた。
少女には発見される以前の記憶が欠落していた。余程の出来事に少女自身が自
らの記憶を閉ざしてしまったのか。村びとの看護の甲斐あって快復した少女は
崖のうえの小屋に住まうようになり今では旅人の面倒をみながら体を売ってい
るのだと。

そんなの嘘よ。少女はゆっくりと私の首に両腕をまわす。

たとえ記憶になかったとしても本当にそんな目に会ったのだとしたら男に触れ
られることに心が耐えられるものだろうか。いくつかの逡巡の後に訊ねてみる。
いいえ。死に触れられるよりか ずっとまし。
小屋の大きな窓。その上辺を一匹の蜘蛛が這い回りその神経根を縦横に放とう
と待ち構えている。蜘蛛の神経根はあまりに鋭敏であるがため獲物の捕獲に激
烈な痛みを伴いそのためこの地方の蜘蛛は獲物が掛かるたびに笑い声とも泣き
声ともつかない叫びをあげるという。少女は私に覆い被されたまま示指を突き
だして蜘蛛を撃つふりをしながら
うふふ。嘘。
顔をあげて私の下唇をあまく咬む。

やがて少女の顔がうつくしく歪む。
白い肌がうっすらと汗に濡れて透きとおる。


はるか昔の言い伝え。
ささやかな光を宿した内陸の宝石にそれを凌駕する眩さをもった圧倒的な光が
襲いかかりささやかな光はなす術もなく消え去った。
五年前に人の通えない森の奥で突如暴発した巨大な光の柱についてこの村の誰
もがかたく口を閉ざしている。管理局サイドの閲覧可能なデータではこの事件
に関する記載は一切ない。名も無いカメラマンが森に喰われながらその命と引
替えに撮影したデータからは断片的ではあるが破滅的な何かが生じた可能性を
見て取れる。そしてその現場から流れる川の下流に村は位置している。

嘘よ。なにもかも嘘。みんな嘘を言ってる。
わたしは生まれた時からこの村にいるの。両脚の「これ」は鉄道事故。
わたしは母親の仕事を継いでるだけ。
うつむいた少女のほそいうなじを窓辺の光がやわらかく抱いた。

少女は若草色のワンピースをふたたび羽織り枕のうえに器用に跨がってベッド
サイドのちいさな丸テーブルに丁寧にカードを並べている。聴こえないくらい
の声でひくく歌をうたいながら。
人は誰も惑星を抱えて生きていく…けして自ら輝かない星…光をそして浴び…
ジョーカーのない32枚。欠落だらけのこれがカードのすべて。わたしが海辺に
打ち上げられた時これだけを持ってたんですって。
少女は私と視線を合わせない。
嘘だけどね。

わたし
あなたに会えてよかったと思うの と
少女は腰をあげて私と向き合いまなじりをあげる。若草色のスカートがかるく
跳ね上がり揺らぎ切断された大腿をすっぽり覆う。かつてない少女の瞳の輝き
に私はその昔私が愛した女の面影をつよく感じ狼狽する。少女の口許が痙攣す
るように何かを告げようとするがことばにすることができずに

そんなの嘘よ と
肌の赤みを消して視線を落とす。

文学極道

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