ぼくがこの素晴らしい海をみつめていると
カンガルーの船長があらわれ
彼はぼくがいることに気づかぬ様子で
一連の天体観測を始めた
一息つくと
彼は照明の真下のテーブルに肘をついて
じっと 夜の海を眺めていた
ハイランド号の数名ほどの水夫たちが
けたたましく甲板を昇り降りする音が 外で聞こえた
ナムジー海岸に近づくと
曳網が船上に巻き上げられた
それはトロール網の一種で
大きな袋網が
一本の浮桁と下網とを繋いでいる鎖とで
網は 口が大きく開かれたまま船上に引き上げられる
我々はもうすぐ運河に入るよ
カンガルーの船長は
横目でチラッとぼくを見ていった
ハイランド号は運河に入ると間もなく
スクリューの推進力と潜水翼を傾けながら
運河の底に船体を沈めていった
この海底には
5億艘の幽霊船が沈んでいる
カンガルーはアメリカンチェリーとボルドーを片手に
ソファーに深々と腰を掛け
葉巻を吹かしながらいった
ナムジーの街の人たちは
この事実について知らない
君にはこれから大事な仕事に取り掛かってもらう
濃いサングラスを咄嗟に掛けながら彼は ぼくにいった
海洋学者のモリッツによると
このナムジー海岸一帯は 特殊な地形を成していて
その海底には
人間の暮らすことのできる肥沃な大地が広がっているという
伝説だよ
カンガルーは少し上ずった声でいった
それはぼくの専門外ですね
論文を読んだよ
彼は科学雑誌を ぼくの目の前に放り投げてみせた
「ラッターナ・プーロ・プット」
それは古代語で”青い大地”を意味する
運河の底は完全に闇に閉ざされていた
スクリューの不気味な回転音だけが
ぼくらの沈黙を見守った
海底に流れ出した火山灰
溶岩の絶え間ない堆積
海面に噴火山が出現し
地殻変動を示す 絶え間ない海鳴りが今も
このナムジー海岸沖を異常な振動で揺るがすことがある
「船長」
何かとてつもない夢想に耽っていたカンガルーが
ハッと 我にかえりサングラスを外すと
ぼくはすッと 彼に手を差し伸べていた
カンガルーも強いグリップでぼくの手をギュッと
強く 握り返してきた
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選出作品
作品 - 20071030_076_2418p
- [佳] ラッターナ・プーロ・プット(ラフ=テフ外伝) - ミドリ (2007-10)
* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。
ラッターナ・プーロ・プット(ラフ=テフ外伝)
ミドリ