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作品 - 20070614_116_2137p

  • [優]  Red - ふるる  (2007-06)  ~

* 著作権は各著者に帰属します。無断転載禁止。


Red

  ふるる

(R)
ぜいぜいと肩で息をしている硬いダイヤモンドのような鳥だった。その鳥の目は錆びた空き缶の淵のようにギザギザだった、切れそうなほど。ドアーの向こうから光が差すのに鳥は這っても行けない。天井にある剥がれかかったポスターの「R」の文字が気にかかる、どうしてあの文字だけが赤いのにいさん、と妹は尋ねる。裸で見上げた天井のポスターには大きな白い鳥が人の目をしてこちらをじっと見下ろし、鳥の左の翼は取れかかっていた、右の翼はひどく小さかった、前の翼はだらりと垂れ下がり、後ろの翼は刺さっていた、それは確かに刺さっていて、矢のように鳥をいつまでも苦しめ続ける。
どうしてだかは分からない、もうおねむりよ、とにいさんは言いました。私たちもうお母さんもいないしお父さんもいないし、ほんとに果物やの床に潰れているようなさくらんぼのような二人だと思うの。にいさんは黙って私の髪を撫ぜて。どうしてと聞くのはもうやめましょう。答えはきっとここにはなくて、あのポスターの「R」はとても赤いけれども、描いた人だって決して悲しんで描いたわけではないでしょうし。また朝がくるのかしら。グラスに注がれた光るお水が私たちのところにも流れてくるのかしら。ああ、喉が渇いてしかたがないの。あの赤い「R」。私は喉の渇きを我慢して、冷え切った乳房をたぐりよせて暖めるの、にいさんあなたの手で。「あの鳥は俺たちだ。罪にさいなまれる」ごつごつしてかたい手、それで冷たくて動かない荷物を運んだわね、今日も、明日も、運ぶのでしょう。


(e)
夕暮れ近くまで二人は水浴びをしていた浮かび上がる黒い影と真っ赤に染まりながら滴り落ちる水。
水を浴びるたびに鳥肌がたったけど嫌な感じではなかった外は生暖かくて夕焼けは燃えるように真っ赤。お父さんが雌鳥を殺したことを覚えている。雌鳥は抱きかかえられてとても大人しかった一言も鳴かずに大人しく横たわったくるりと細い首をねじられた首が。無駄のない慣れた手つきで。別の雌鳥は激しく鳴いた首を切られる時暴れさせて血を抜くんだ、とお父さんは言いました暴れさせて血を。私は一生懸命書き取りの練習をしていたけれどどうしても「e」の字が逆さになってしまうの。にいさんは私の手を取って辛抱強く教えてくれました、逆さでない「e」。くるりと回して書けばいいんだよ。あの雌鳥はどうして逆さに吊るされているのかしら逆さにすると大人しくなるからだよ。大人しい雌鳥も首を切り取られて血が出ていました。真っ赤な血が滴り落ちていたのです私の身体にも。どうして「e」だけを逆さに書いてしまうのかしらええわかっているわ私はにいさんに手を添えられて書き取りをするのが大好きだから書けないふりをするの、夕暮れの水浴びは少し冷たいわね真っ赤に染まった水がぽとぽとと二人の髪から落ちるの。ああ恐ろしいほど真っ赤。雌鳥は真っ赤な血を出して終わってしまったのね死んだのねあのかわいそうな雌鳥は。全てには終わりがあるのでしょうにいさんだけど何度も何度も水をかけて。この水は何度でも注がれるの水滴になってはまた桶に溜まり桶に溜まってはまた水滴になるから。こんなに真っ赤なのにどうしてかしら私は全然怖くはないの。


(d)
その墓には同じ苗字を持つ男女の名が記されていたどちらもJr.でありきっと兄妹だったのだろう二人は同じ日に死んで同じ墓に入ったのだからずっと一緒に長く暮らしたのだろう、しかし奇妙なことに父親と母親の名はない。画家はしばらく立ち止まり墓を見つめていたがもはや死んだ者には用はないのだと言うようにカンバスを広げた、墓の絵を描こうと思った。赤を基調とした大きな絵を。しかし描きすすめるうちに白ばかり塗りたくっていることに気づいた。白は死者の色なので画家は好んでそれを使わないのにその白は確信を持ってカンバスに広がってゆくよく見ると鳥の形に見えなくもない。鳥は好んで描いていたものなので画家は筆に任せて鳥を描き続けた、赤い墓はどこにも見当たらない。
夢中で描き続ける画家に日差しはますます厳しく照りつけるのだったまるで白しか見えない世界のようにカンバスも白く白く白く塗りこめられていく、ようやく彼が筆を置いたとき時間はそれほど過ぎてはいなかった。どこかよその世界で描いてきたように時間は進んでいなかった、影も伸びていなかった。その絵は奇妙な鳥がもがいているような絵だった。人の目をした鳥の左の翼は取れかかり、右の翼はひどく小さく、前の翼はだらりと垂れ下がり、後ろの翼は刺さっていた、ぜいぜいと肩で息をしている硬いダイヤモンドのような鳥だった。画家はその白い白い画面に「Red」と文字を入れた。Rの字は赤く。彼は赤を好んでいた。「どうしてあの文字だけが赤いのにいさん」「あの鳥は俺たちだ。罪にさいなまれる」声が聞こえた気がして画家は振り返ったが炎天下の墓場に誰の影も認めようがない。

文学極道

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